2009年9月30日 (水)

“ホーム”にいない1ヶ月

 9月は大半の時間を家から離れて過ごすことになってしまった。
 8月末から振り返ると、26日から29日は学会で仙台に。1日家にいて、31日から9月2日までは休暇で越後妻有へ行きアートトリエンナーレを観て回り、翌3日は東京に出張。次の週は9日からは九州に出張し、大分→福岡→長崎と回って、13日に帰宅。翌週は17日からソウルに出張で、20日に帰国。連休中は家にいたけれども、24日から26日にかけて東京に出張(この辺の詳細はいずれブログで書こうと思うが)。
 という感じで、9月の計30日のうち、半分の15日間は、出張か旅行に出ていたことになる。つまり、ほとんど“ホーム”にいなかったわけで。出張や旅行に出る前は準備で時間を取られ、帰った後は後始末でやはり時間を取られるから、ずっと旅行をしていたような気もしてしまう。
 ここまで家を離れていると、先に「ホームがない」などと書いたが、家が恋しくなるというか、自宅が帰るべきところというふうに思えてくる。出来れば、家に何日も引きこもって過ごしたいと思うほど。とはいえ、来月も出張は何度もあるし、残念ながらそうそうゆっくりはしていられないようであるが。

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2009年8月30日 (日)

ホームは何処に

 昨日のことだが、4日間の学会を終えて、さあ家に帰ろうと仙台駅に向かったところで、足が自然と新幹線のホームの方に進んでいたのにふと気がついた。仙台駅からは空港に向かって、そこから伊丹空港に飛ぶにも関わらず、である。何をボケているのだろうかと心の中で苦笑したのだが、少しばかり考えてみると、どうやら無意識のうちに東京方面へと帰ろうとしていたらしい。これまでは仙台から帰る先と言えば、関東だと決まっていたからだ。ということは、一瞬だったとはいえ、この間1年半過ごした大阪を、帰るべき場所だと思っていなかったようだ。

 という体験をして気がついたのだが、このちょっとした出来事に、近年の私の抱える様々な問題が凝縮されているのではないか。つまり、帰るべき/帰れる「ホーム」がない、ということである。
 暮らしについては、生まれ育ち長く過ごした地を離れて、現在は大阪に住んでいる。ではそれまで暮らしていた千葉や東京、つくばがホームと言えるかというとそうでもなく、改めて足を運んでみても、昔とはすっかり変わってしまった雰囲気に、懐かしさとか帰りたいとかいう気持ちはあまり感じない。実家もすでに私がいたところから引っ越しているし。
 仕事=研究についても、様々なテーマに手を出している分、ここが私のホームグラウンドだと言える分野がない。学会で関係ある研究発表の会場に行っても、どこかアウェイの立場で聞いているようにも思える。もちろん各分野に知人はいるし、一緒に研究もしているわけだが、結局“外様”なのかもと思うことも多く、ホーム意識が強い分野からは排除されている気さえする。未だに定職が決まっていないのも、出身大学・研究室といった“家族関係”がないのが、一因のような気もするし。
 趣味に関しても同様。長年楽しんできた音楽も、昔のように「このジャンルが好きだ」「このアーティストは最高」と言えるものがなくなってしまった。数多く聴く分、一枚一枚に対する気持ちも薄くなっている。サッカーについては、アントラーズは今やホームチームではなく、また試合を素直に楽しめなくなってしまった。その分、今のホームタウンのセレッソに気持ちは向いているけれども、まだ心の底から応援出来ているというわけではない。
 人間関係についても、大阪に移ったおかげで以前の友人とはおのずと距離が出来てしまい、大阪でも知人は増えているもののまだそんなに親しいとは言えず、明確な「帰属意識」を持てるような関係があるというわけではない。関東から来た一人者、しかもいつ出て行くか分からない身とあっては、地域のコミュニティにもなかなか入っていけるわけでもないし。

 などと考えると、「ホーム」がないことで不安定な状況になっているとも思えるのである。こういう状況にあって、どこかに腰を落ち着けて住人としてホームを見いだしていくべきなのか、それともホームを持たないまま旅人のように暮らしていくべきなのか。さて、どうしたものかというところである。

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2009年8月28日 (金)

建築学会大会にて

 今週火曜の夕方から、建築学会の大会で仙台に来ている。珍しく(?)最終日の明日土曜まで期間中フル参戦である。しかも毎日きっちり会場まで足を運んでいる。普通は遊ぶ…というか、その地方のまちや建物の視察もするものなのだが。
 こうして真面目に通っているのには理由があって、この機会に改めて「研究」することの意味を考え直したかったのである。研究するとは何なのか、何の意味があるのか、自分は今後何をやればよいのか…などを考える意味で、学会の大会を活用したかったのであるが、結果的にはそういう機会にはあまりならなかった。
 研究発表とか協議会とかへの感想や意見は、別途研究ブログで書くとして、こちらでは雑感のようなものを。かなりネガティブではありますが、まあ私的ブログということで。
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○学会大会というものが、年々楽しくなくなっている。昔は実に新鮮で、行って話を聞くことで、研究へのモチベーションが上がったものなのだが、近年はそういう感じはなく、今年に至ってはモチベーションは下がる一方である。
○まずは、発表することの意味が感じられなくなった。私の発表するセッションは、共同研究をやっている他の人達の発表で占められており、言うなれば「内輪」の会。聴衆はいるものの、質問や意見も全体として少なく、かつあまり創造的なものとは言えない。だったら、仲間内の研究会で説明して深く議論した方がよいのではとも思ってしまう。
○また、人の発表を聞いても、あまり刺激がない。残念ながら、聞いていて面白い発表がほとんどないのである。すでに以前誰かがやったようなもの、狭いテーマを何年も引き続きやり続けていて変化のないもの、本質的な問題をついていないものなどが多くて、新たな発見がない。聞いていて正直いらだって疲れてしまう。
○研究協議会やパネルディスカッションも、あまり興味深くはなかった。すでに議論されたことを改めて繰り返し語る、発表するテーマや議論すべき論点が十分に整理されていない(進行がよくない面も含め)、課題は提示するもののこの先の方向性を示せていない…などの不満を感じてしまうのである。昔はもっと中身があって、議論もかみ合っていて、今後進むべき方向性もそれなりに示せていて…という印象があるのだが。
○というふうに全体として疲れてしまったことと、ここ数年本質を突いた(とこちらは思っている)質問や意見を言うと厳しいと言われ暗に批判されていたこともあったので、今年は結局一回たりとも質問・意見を言わなかった。私にとっては珍しいと言わざるを得ない。まあ質問する気にもならなかった部分もあるわけだが。
○学会大会の重要な部分として、夜の飲み会もあるわけだが、これも今年はあまり楽しめなかった。飲んでいる時は楽しいのだが、どうも周りの雰囲気に合わせてしまうというか、その場で振る舞うべき態度をとってしまいがちで、自然体ではなくどこかで自分を“造って”しまっている感じがして、終了後に疲れて落ち込んでしまうのである。
○発表をしても聞いても意味が感じられず、シンポに出ても面白くなく、でも議論をする気にもなれず、かつ飲み会も楽しめない。となると、ほとんど学会に行った意味がないみたいな感じである。だったらもうそういう場には行かずに、一人でこつこつと研究している方がよいのかもしれない、とさえ思うほど。
○しかし、研究することの意味自体も、みえにくくなった気がする。あれだけの研究成果が発表されているのに、こんなにまで面白く感じられないのだから、(私自身も含めて)そんなことをやって何になるのだろうかとも。自分が面白ければそれでよいのかもしれないが、そんな自己満足を得たいわけではないわけで。
○大会に参加する裏のテーマとして、今後ハウジング系の研究を主軸にするか、都市計画を主軸にするかを考えるというのもあったのだが、ハウジング系はあれだけ研究者が少なく限られているのをみると、この先がないような分野にも思えるし、逆に都市計画系はあれだけ多くの人が同じようなテーマをやろうとしているのであれば、別に私がやらなくてもよいという気もするし。結局どちらの分野についても、というかこの分野で研究すること自体に、先がみえなくなってしまった感がある。
○近年音楽やサッカーが面白くなくなったように、研究が面白く感じられなくなったのも、私個人の感受性の劣化によるものであればよいのだが、もし一般的にそういう傾向がみられるのだとしたら、それは大きな問題だと思う。

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2009年8月11日 (火)

夏休みはとれそうになく

 現在の職場では、5日間の夏期休暇がもらえるので、土日を合わせれば9日間の連休も可能。なので、まとまった休みをとって海外逃亡でもしようと思っていたのだが、今年も結局とれそうにない。
 去年はいろいろばたばたしていて仕方なかったので、今年こそは取ろうと思い、9月の上旬か下旬にまとめて休もうと思っていた。しかし、その時期に海外調査をしようという話が持ち上がったので、それとの調整をした上で自分の休みを…と思っていたのだが、調査の日程が全く決まらず、ようやく状況が見えてきたのが今週になってから。日程も当初の予定から急に変わったので、結局は参加出来ないこととなってしまった。それではその時期に夏休みを…といきたいところなのだが、すでに時は遅く、1ヶ月前では海外行きの安い航空券も売り切れである。また、その頃の予定を保留しているうちに、前後の時期にその他の予定は徐々に入っていってしまい、もうまとめて休めそうな週はない。おかげで長い休みは今年もとれずに終わりそうである。残念。
 調査日程を検討していた人に文句の一つも言いたくなるわけだが、おそらく悪いのは私自身なのだろう。そんなことは気にせず、早めに休む時期を決めて、その期間の予定を空ければよかっただけのこと。その辺の決断力に欠けており、また周りの状況を気にしすぎるという、私の性格の問題である。えらい人というのは、仕事をする時はきっちり仕事をして、休む時は前もって計画的に取ってしっかり休むものである。そんなことも出来ない自分自身が情けない。
 まあ、私の場合、海外旅行にはどうしてもサッカー観戦を入れたがるのだが、8月9月というシーズン開幕当初の日程は直前まで発表されないため、早めにスケジュールが決められないというのもある。とはいえ、先月の後半には日程がおおよそ見えていて、この時期にこれだけ休めば○試合はみれる、航空券もまだとれる…などと夢想してもいたのだけれども。
 まとまった休みをとるのは難しくなったので、あと出来るのは週末に何日か足して、2泊程度で近場への旅行を繰り返すくらいだろうか。考えてみれば、大阪に来たというのに、ここから比較的近い南紀や山陰や四国などにも一度も行っていない。むしろこの機会をチャンスと考えて、こちらにいられるうちに、近県を回ってみるというのも悪くないかもしれない。
 でも、やはりまとめて9日程(9月の連休に合わせればもっと長く!)休めるというのは、捨てがたかったのだが…。

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2009年8月 8日 (土)

大阪と東京を比べる

 この週末は仕事と関係なく関東に帰った。帰省と夏フェスが主目的だったのだが、裏の目的として、改めて大阪と東京とを比べてみようと思っていたのである。
 ということで、今日は原宿→表参道→渋谷と回り、その後はお台場に足を運ぶ。表参道は見てみたい建築系の展覧会があったので、お台場は実物大ガンダムと花火大会を見に行ったのであった。どちらも、昔は結構足を運んだものの、最近はすっかりご無沙汰だったこともある。
 こうして東京を歩いてみて思ったのは、やはり東京の文化度は高いなということ。原宿〜表参道は実に品の高い街だし、246沿いの店舗も同様。特に久しぶりに行った青山ブックセンター本店は実に素晴らしい。提案力という点で、ここに勝る店はそうそうないだろう。大阪にも、アセンスなど良い品揃えの本屋はあるのだが、私にとってはやはりABCの方が好きである。どちらがよいかということではなくて、ちょうどいろいろと物事を吸収する大学生の時期に、ABCの六本木店に通っていたからだろう。言うなれば、私の感性の多くの部分はABCに育てられたのであり、だからこそその“味”が好みになっているのだと思う。
 その一方で、お台場に集まった人の多さには、正直閉口してしまった。花火大会という特別な日だからなのだけれど、それにしても東京の人の多さはすごい。遠くからも集まっているようで、朝の通勤ラッシュなどとは違って統制が取れておらず、ほとんどカオス状態だったのもあるが。そして集まる人の多くが情報誌を抱えていたのにも驚いた。メディアで薦められたイベントに行き、メディアで紹介された店に入るという感じで、そんな生活でよいのかという気もする。とはいえ、悪いところばかりではなく、店の種類が豊富、特に一人で入っても落ちつける店が多いのは、東京の良さとも言えるのではないか。大阪だと、喫茶店などを除けば、一人でいるとどうも浮いてしまうので。
 などと考えてみると、暮らしやすいのは大阪だけれども、独り者が暮らすという点では東京の方が向いているように思う。また、東京的な他人への無関心も、大阪の関心の高さにある程度慣れてから味わってみると、それはそれで心地よく過ごしやすい気もする。東京の場合、良くも悪くも、人と人とが一定の距離を保って暮らしているというか。それがつらいという人もいるとは思うが(特に関西人の場合には)。
 大阪と東京。どちらもそれぞれ良いところがあり、逆に合わないと思う部分もある。さて、私はどちらで暮らしていく方が、幸せなのだろうか?

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2009年8月 7日 (金)

疲労はたまる一方で

○梅雨もあけて、大阪の暑さもいよいよ本格的になった。朝早くから気温が上がり、通勤するだけですっかり汗をかいてしまい、昼間の日差しと気温は言うまでもなく耐え難く、夜になっても空気はねっとりと重くて熱い。おかげで、すっかり夏バテ状態になりつつある。
○しかし暑いからといって、エアコンをつけたままうたた寝してしまったのが悪かったようで、線虫末くらいからずっと風邪気味でもある。喉が腫れて頭が重い。熱っぽい分あまり汗をかかないのはよいといえばよいのだが、体内に熱がたまっているかのようで逆にきつい。
○暑いから少しでも涼しくしたいのだが、風邪を引いているのであまり冷やすのもよくない。特にエアコンはよくないだろうと思い、使わずに窓を開けて寝ているのだが、風が通り抜けないので室内は暑いまま、そのため寝つきは悪いし眠りも浅いので、体の疲れはさらにたまり、風邪もなかなか治らない。
○夏バテと風邪のおかげで仕事の能率も上がらない。やることはいろいろあるのにである。書くべき原稿は進まないし、アイデアをまとめようとしても頭が回らない。やらねばならないのに進まないから気持ちが焦り、焦りからいらだちも生まれて、精神衛生上もよくない。困ったものである。
○焦りいらだつ状況でも無理に物事を進めようとするから、どうもうまくいかない。特に他人と一緒にやっている仕事は、少々無理してアイデアをまとめて提示しても、周りがついてこない状況で、すっかり空回り状態である。まあ、世間的に夏休みの時期だから、反応ないのも仕方ないかもしれないが。
○周りが休んでいるのだとしたら、この際こちらもきっぱり休んでしまう方がよいのかもしれない。ここは周りとの接触をしばらく断って、静かな環境で疲れた身体と精神(特に後者)を休ませるのがよいのだろう。締切近い原稿は書かねばならないが、その他の打合せや調整事は延期させてもらうとして。
○ということで、明日からの東京行き(久しぶりに出張ではない)には、PCを持っていかないこととした。PCがないと荷物はなんと軽いのだろうか! その分動きが軽快になりそうである。仕事やその他もろもろの関係から解放されて、気持ちの方も軽くなる…とよいのだが。

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2009年7月27日 (月)

関西に残るか、関東に戻るか

 先日、東京と大阪の音楽事情の差という話を書いた。引っ越し当初はともかく、その後はそういう比較はあまりしていなかったのだが、ここに来てこんなことを考え始めたのは、この先の身の振り方を少々考えているからであり、現在の職の任期が残り1年半程になったので、そろそろ次のことを考えなければならないのである。
 研究者の場合、基本的には大学の職を探すことになり、大学というのは地域に根ざしているわけだから、おのずとどこに住むかも含めて仕事のことを考えざるを得ない。でその際には、現在住む関西で出すか、それともこれまで長く住んできた関東で出すか、あるいは行ったことのない地方に出すか、という選択肢がありうる。
 関西というか大阪は、(夏の暑さを除けば)住むにはよいところだし、街がそれぞれ個性的だし、まだ1年半程しか住んでおらずまだまだこちらのことが分かっていないから、もうしばらくはいたい気がするのだが、こちらで職を見つけてこの先5年10年と住むとなると、やっていけるのかどうか少々不安にもなる。現在のような、ある意味で長期滞在の旅行者的な立場とは違い、こちらに根付いて暮らすとなると、また違った難しさがありそうな気もする。
 一方で、関東は慣れてはいるし、先にも書いたように文化やエンターテインメントのレベルは確実に高いし、サポートするチームである鹿島アントラーズもある。親族もいるし、知人も多いし、今後長く住むことを考えればより安心は出来るが、生活のしやすさという面では、関西にはやはりかなわないような気がする。住む場所がどうのなど言っていられない状況ではあるのだが、個人的には仕事だけではなくプライベートな時間も充実させたいので、その辺は考えざるを得ないのである。
 職に応募したからといって決まる可能性は非常に低いので、こんな話は「捕らぬ狸の皮算用」に過ぎず、とりあえず出した上で通ってから考えればよいではないかと思われるかもしれないが、この業界の場合は決まってから断るというのは(おそらく)言語道断であり、また先に決まったところをどうしても優先せざるを得ない(のだと思う)。しかも細かい業務内容や勤務条件は応募時や決定時にはよく分からず、採用されてから初めて分かるという部分もあるので、とすれば「ここならば行ってもよい」と思えるところにしか、なかなか出せなかったりするのである。
 公募の情報を調べていて、いくつか出せそうな話が関西・関東それぞれでないわけではないので、さてさてどうしたものかというところ。それにしても、数年に一回はこういうことを考えなければならない状況が、この10年程続いているというのは、なかなかつらいものである。

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2009年7月13日 (月)

リアクション・ライフ?

 プライベートも最近今ひとつだが、仕事の方も、ここ半月から一ヶ月は、すっかりスランプである。仕事が手につかないというか、集中して頭を使ったり作業したり出来ないのである。仕事が進まないから自己嫌悪に陥って、そのためにさらに集中出来ず作業も進まないという悪循環。
 そんな中でも一応それなりに仕事はしているのだが、その多くはメールを返したり、会議で相手の意見に反応したりするものが大半。相手が投げてくるボールを反射的に打ち返しているという感じで、一見働いているようには見えるし、一応物事が前に進んではいるのだが、実のところそんなに深く考えて返しているわけではなかったりするし、自分から何か新しいものを立ち上げている/つくりあげている感じでもない。
 相手に攻めのイニシアティブを握られた上で、それをはね返す形でしか攻めないサッカーを「リアクション・サッカー」と呼び、自ら試合をつくらないという意味で批判的な形でつかわれたりもするのだが、今の私はリアクション・ワークというか、リアクション・ライフという感じである。まあ、リアクションでもまだ返しているうちはよいのかもしれないが、これでアクションが来なくなったらすっかり動けなくなってしまうような気もするし、そのうちリアクションすら出来なくなりそうな気もする。
 などと考えてみると、今の時代は、こういうリアクション・ライフな人が増えているように思う。今の私のように、言われたことをやる、投げられた仕事を返すことしか出来ないような人が多いのではないかと。一方で、アクション・ライフな人々、自分で新しいことを立ち上げて動いていけるような人達もいるわけで、ごく少数のアクション・ライフな人々の下で、多くのリアクション・ライフな人々が働くというような状況が、生じているような気もしないでもない。この両者の間では、収入の格差が広がるだけでなく、やる気や生き甲斐という点でも、格差がどんどん広がってしまうような気がする。
 とはいえ、一旦リアクション状態になると、そこからアクションに変えるのはかなり難しいわけで。サッカーでもそのような切り替えをするにはかなりの時間がかかり、しかも結果を出しながらでは難しい。そういう切り替えが出来る時間的・精神的な余裕があればよいのだが、リアクションをしている限りはボールを打ち返し続けなければならないわけで。一旦リセットしてやり直すくらいの覚悟がないと、なかなかうまくいかないのかもしれない。

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2009年5月15日 (金)

名実ともにおじさんに

 こんな歳になると、気持ちは若いと思っていても、外から見ればどう考えても「おじさん」である。これまでは心の中で抗っていたのだが、本日からはもう逃げられなくなってしまった。妹夫婦に赤ちゃんが生まれたのである。「叔父」になってしまった以上、名実ともにもう「おじさん」だと認めざるをえない。
 送られてきた写真を見ただけなので、自分に甥が出来たとの実感は全くないのだが。会ったら情が湧くものだろうか。なにせ初めてなので、どんな気分になるものか全然想像がつかないけれど。
 友人夫婦に子供が生まれるたびに、ああもうそんな歳になったのだなあと思ってきたわけだが、今回こうして血のつながった兄妹の話となると、また違った感慨を覚えてしまうのである。

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2009年5月14日 (木)

慣れてきたからこそ

 昔学生だった頃に、オーストラリアを1ヶ月かけて一人旅したことがあった。初めての海外旅行で、当時は英語もあまりしゃべれず(今も全然上手くないけれど)、着いてから1週間程は不安ながらも必死で話していた。なにしろ英語を話さないことには、食事も移動も出来ないし、宿泊すらも出来ないわけで。
 習うより慣れろと言うが、とにかく使っているうちに徐々にしゃべれるようになってきて、滞在2週間目は比較的スムーズに話すことができて、旅行もより楽しくなった。この国にも言葉にも慣れてきたし、このまま楽しい旅が続けられる…と思っていたのだが、3週間目になって様子が変わってきた。慣れてきた分、自分の発言を冷静に捉えられるようになり、その表現や文法がひどいことに気づいてしまったのである。
 恥ずかしいと感じて、少しはまともにすべく頭を使うも、質はほとんど上がらず、逆に時間がかかって会話がぎこちなくなる。そんな3週間目を過ごした後、4週間目には話すことを躊躇してしまい、必要最小限の会話しか出来ないようになってしまったのであった。

 …というのと似ている状況に、現在おかれているような気がする。外国での英会話ではなくて、大阪での仕事や暮らしについて、であるが。
 こちらに来てしばらくは、とにかく新しい環境に慣れるのに精一杯だったのだが、半年程すると仕事も暮らしもなんとなくコツがつかめてきて、日々の生活が楽しくなってきた。それなりにやれるようになってきたので、この先時間が経てばもっとうまくいくだろう…と思っていたのだが、1年が経った最近ちょっと状況が変わってきた。慣れてきた分、自分のやっていることが冷静に捉えられるようになって、それなりにやれていたと思っていたことが、実はうまくやれていないのに気づいたのである。自分の行動は、こちらの文化や文脈で捉えた時に、全然なっていないのではないかと。
 などと考えると、どうも自分の存在が浮いているというか馴染んでいないように思えて、とはいえこちらのやり方にすぐに合わせられるというわけでもなく、どう行動したらよいものやら…という感じである。慣れてきたからこそ気づくことがあって、一度気づいてしまうと問題もクリアに分かってしまい、これまでと同じようではいられなくなる。ここから、先の旅行のように“黙って”しまうのか、それとも壁を超えて進めるのか。この半年程の過ごし方にかかっているのかもしれない。

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2009年5月 1日 (金)

毎月が五月病?

 早くも5月。そういえば、一昔前までは「五月病」という言葉をよく聞いた。入学・入社した新人が、目標を失って燃え尽きたり、新しい環境に馴染めなかったりして、5月に入って精神的に落ち込む症状のこと。しかし、最近はすっかり聞かなくなったように思うのだが、なぜだろうか。
 おそらく、もう「五月」に限られる症状ではない、ということなのだろう。生活や仕事の中の小さな目標を達成しては燃え尽きて、随時変わり続けて先の読めない環境や社会に馴染めずに、日々落ち込んでいる。きっと年がら年中、毎月五月病になっているのが、今の時代なのかもしれない。
 かく言う私も、先月は一山二山超えるたびに若干燃え尽き気味になり、また小さいながらも日々変わる周りの環境に馴染めたり馴染めなかったりの日々である。五月病はGW明けに起こることが多かったらしいが、休み明けにはどうなることやら。

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2009年4月30日 (木)

一山超えてGWへ

 今日締切のとある学会の論文を共同作業で仕上げて、ようやく一山超える。4月はこの論文の他、また別の学会の発表論文を仕上げるのに追われて、朝から晩まで作業をしていたような気がする。とか言いながらも、長居には足を運んでいたりするわけであるが。とにかく、これで一山超えたので、気持ちよくGWに入ることが出来る(もう入っているけど)。
 1ヶ月程前までは、このGWは長期の休みを取ってヨーロッパにでも行こうと思っていて、CL準決勝を見越してロンドン行きの航空券を取ろうと思っていたのだが(実際読み通り2戦ともロンドンだった)、この論文のために断念せざるを得なかった。もう一つの発表論文のため、鹿島のACLアウェイ@シンガポールも諦めたわけで、仕事のために遊びを断念せざるを得ないのは、大変残念である。仕方ないけれども。
 ここまで忙しかった分、しばらく家事もしていなかったので、今週末はまずは部屋の掃除などをやりつつ家でのんびりした後、週明けは音楽系イベント&カシマ詣でに関東へ行く予定である。鹿島に行くのは今年初めて(2ヶ月も行けなかったとは!)、しかもACL予選大一番の対水原三星戦(これもアウェイに行くつもりだったのだが)、ここまで行けなかった分、試合も、そしてカシマ名物の食べ物も、十二分に楽しんでくるつもりである。

 ACLといえば、気になるのは予選最終戦のアウェイ上海申花戦。クラブの発表によれば、ツアー参加者以外はチケットが手に入らないという。さすがは中国での日本チームのサッカーの試合、荒れるのが予想されるということだろうか。関西発のツアーなどはないので(関東のクラブだから仕方ない)、航空券も押さえたし、ホテルも手配したというのに、チケットが手に入らないのではどうしようもない。ファンクラブに連絡して対応をお願いしており、クラブの方も検討してくれているらしいのだが、さてどうなるものか。これで行けなかったら残念過ぎる。
 それに加えて、世界的に豚インフルエンザが問題になっているし、そのせいで試合が無観客になるとか、渡航に際して検疫や手続が厳しくなったりする可能性もあるのだろうか。状況は厳しい。

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2009年4月11日 (土)

真夜中の大阪を縦断する

 事故により新幹線の到着が大幅に遅れ、接続電車もなく家までたどり着けなくなった中で、「家まで歩いて帰る」というアイデアがふと浮かんだ。調べてみると距離にして14km程。昔旅行に来た時に梅田から環状線内を縦断したことはあるし、家から天王寺までは何度か歩いていて、なんとなくなら道は分かる。季節も春になって夜中も寒くなくなったし、このところの運動不足解消にもよい。なにより、真夜中の大阪の街を歩く機会など、そうないではないか。などと考えて、多くの乗客で混乱する新大阪駅を、深夜1:30に出発。
 まずは新御堂筋を歩いて、淀川を渡る。新淀川大橋は思ったよりも距離があって、かつ比較的狭い歩道のすぐ隣を高速道路であるかのように車が飛ばしていくものだから、出発早々にして気分が萎えてくる。気力をしぼって橋を渡り切り、人気のない豊崎あたりを抜けて、2:00頃に梅田というか茶屋町付近に到着。見知った風景に少し安心しつつ、そのまま南へと進む。道の両脇は繁華街で、深夜だというのに人通りが多い。帰ろうとタクシーを待つ人も多いけれど、これからまだ飲み歩こうかという雰囲気の集団も結構いる。こういう光景を見ると、本当に「未曾有の不況」なのだろうかとも思ってしまうのだが。
 中之島の手前で御堂筋と合流し、大阪市役所の前を進む。大阪市民だというのにまだ一度も市役所には来たことがなかったので、こういう建物だったかと、改めて確認。ここから続く御堂筋沿いは、なかなか素晴らしい風景である。大変広い幅員の道路の両脇に、高さを揃えて整然と並ぶビル達。単に形が整っているだけでなく、何か品のようなものすら感じさせる設計である。歩道に沿ったビルの1階部分も、人に見られていることを意識しているというか、きちんと“外向き”の顔をしているのがよい。人のほとんどいない静かなビル街を楽しみつつ歩き、2:30頃に本町付近、船場センタービルのあたりへ。
 しばらく進んで心斎橋あたりに来ると、また人の数が増えてくる。飲み街があるのは東に何本か入ったあたりだから、御堂筋にいるのはそこから帰ろうとタクシーを待つ人々である。土日を控えての金曜日の夜、かつ4月始めということもあって、歓迎会を終えた雰囲気の会社員グループが多い。で、道頓堀あたりまで来ると、年齢層はぐっと低くなって、大学生くらいのグループが騒いでいたり、若いカップルが何をするというわけでもなく道ばたに座っている。わずか数百メートルでこれだけ街の雰囲気も客層(?)も変わるとは。実にモザイク的な街である。
 南海なんば駅にぶつかったところで、東に向かい、日本橋の方へ。西日本を代表する電気街だと聞いてはいたが、実際に来るのは初めて。確かに多くの電気店が並んでいて、秋葉原のような雰囲気を醸し出している。アニメ系のショップやメイド喫茶的な看板が多く見受けられるのも秋葉原的。昼間に来たらもっと面白いだろうと思いつつ(深夜なのでシャッターは全て閉まっている)歩いているうちに、3:00になる。
 思った以上に長く続いた電気街を歩き切り、高速道路をくぐり抜けると、目の前には明るく輝く通天閣が。この時間になっても電気がついているとは知らなかった。せっかくなので通天閣の下を通り抜けて、新世界を歩くことに。さすがにこの時間だと、名物の串カツ屋も開いていないだろうと思っていたのだが、2〜3軒はまだ営業していて、店の中にもそれなりに人がいる。揚げたての熱い串カツと冷たいビールの組み合わせに一瞬惹かれたのだが、ここで飲み食いしたらもう歩く気力は失せるだろうと思い直し、そのまま通過。日中は騒がしく若干あやしい雰囲気も感じる新世界だけれど、深夜はすっかり寝静まっていて静かなのであった。
 そのまま南へ抜ければよりディープなエリアになるわけだが、さすがにこの時間に行くのは少々怖かったので、大阪市大病院の前を通って、そのまま天王寺駅へ。このあたりも繁華街ではあるので、飲んだ後の人々をそれなりに見かけた。あべの筋を南へ少し下って、高速道路の下を歩いてあびこ筋方向へ。文の里駅にたどり着いたあたりで3:30。この辺からは日常の生活圏といってもよいので、道に迷う心配もすることなく歩くことが出来る。昭和町そして西田辺と見知った道を歩いて、自宅に到着。4:00少し前であった。
 新大阪から南田辺までと、大阪を縦断するように歩いたわけだが、2時間30分と思った以上に早く着いてしまった。途中全く休むことなく早足で歩き続けたからかもしれないが、こんな時間で着いてしまうとは、大阪は広いようで実は狭いのかもしれない(梅田で終電をなくしても2時間で帰れるわけだ)。家に着いた時にはさすがに疲れ切っていたが、普段はまず観ることのない、深夜の大阪のいろいろな面をみることが出来たのは貴重な機会ではあった。普通は歩かないだろうし、同じ状況でもう一回歩けと言われても、多分歩こうとは思えないだろうけど。

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2009年4月10日 (金)

新幹線、止まる

 日帰りの東京出張を終えて乗り込んだ、新大阪行き最終の2本前の新幹線が、21時半ごろに小田原駅の手前当たりで突如スピードを落とし、そのまま止まってしまった。アナウンスによれば、線路内に人が入り込んだので安全確認中だとのこと。以前もそんなことがあったので、まあそのうち動き出すだろうと思っていたのだが、何十分経っても一向に動こうとしない。そのうち、小田原駅で先行する列車に人が接触したとの情報が流れ、さらには駅ホームと車両について警察が現場検証中とのこと(後で調べると、線路に入り込んだ人が通過列車にはねられたとのことだった)。
 こんなふうに車内で無駄な時間を過ごすくらいなら、出席した研究会の後そのまま飲み会に参加して、実家にでも泊まって翌日帰ればよかったと後悔したのだが、もちろん後の祭りである。前回のトラブルの時も確か泊まるか悩んだあげくに、翌日を有効に使うために帰ったのであった。帰ろうかどうしようか悩んだ時には、素直に(?)帰らずにいたほうがよいのかもしれない。
 結局、90分近く止まった後にようやく動き出したものの、トラブルのあった先行列車の乗客を救済するために途中駅で止まったりしたため、新大阪駅に到着したのは2時間近く遅れた深夜1時過ぎ。もちろん接続する列車はとうの昔に終わっている。列車を降りて改札に向かうと、そこには人だかりが出来ていて、駅員らとなにやらやりとりをしている。どうやらトラブルのあった件の列車の乗客は払い戻しが受けられるようであるが、その他の遅れた列車の乗客には払い戻しがないようで、それを巡ってのやりとりや払い戻しのための列が出来ているようであった。
 当初は私もJRの対応を聞いてみようと思っていたのだが、疲れといらだちとやりきれない怒りを抱えた人達が発している、なんともいえない黒く淀んだ雰囲気を目の当たりにすると、もうそんな気力もなくなってしまった。接続列車のない人達のために、ホームにはいわゆる“列車ホテル”が用意されていたのだが、この淀んだ雰囲気の中にいると心底疲れてしまいそうだったので、とにかくその場を離れることとした。
 改札を出ても人は大勢いて、タクシー乗り場にも長い列が出来ている。これはどうしたものか…と途方に暮れたのだが、その時ふっと頭にあるアイデアが浮かんだ。この無為な時間を少しでも有効に使い、飲み会にも出ずに帰った後悔を少しは和らげ、かつ列車ホテルで泊まるよりも早く家に帰り着く方法。ここから家まで「歩いて」帰るというものである。早速ネット接続して距離を調べてみると、14km程度とのこと。それなら3時間強で家にたどり着くだろうから、朝5時まで列車で過ごしてから帰るよりも早いはず。
 かくして、一抹の不安を抱えつつも、新大阪駅を出発したのであった(つづく)。

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2008年10月18日 (土)

商店街での買物は

 うちの近くには商店街があって、半分くらいはシャッターが閉まっているものの、まだまだ元気に営業している店もあって、これまでそういうところに住んでいなかった身としてはなかなか興味深い。平日の夜はもう閉まっていて、日曜もほぼ閉まっているため、私が使えるのは土曜くらいとなる。
 久しぶりに土曜を自宅で過ごせたので、午後に商店街を歩いてみたのだが、お客もそれなりににぎわっていて、なかなかよい感じである。開いている店は、八百屋と果物屋、肉屋、魚屋、豆腐屋など、生鮮食料品が中心で、そう長くはない商店街の中に、同じ系統の店が3つくらいずつあるから面白い。一見するとほとんど同じようなのだが、よくよく見ると違う。例えば魚屋だと、主力(?)の生の魚の他に、刺身の種類が豊富な店、焼き魚が並ぶ店、干物が多い店など、それぞれに個性があるのである。そういう違いは、意識してつくられているのだろうか。
 せっかくだから、来週の食材は商店街で買い揃えようと思ったのだが、いざ買おうとすると、これがなかなか買えないのである。その理由の一つは、買う一単位(と言えばよいのだろうか)が比較的多くて、一人暮らしには向いていない量であること。二つ目は、上記のように複数ある店のうち、どこで何を買うのがよいのか、その辺の判断がつきにくいこと。種類とか質とか値段とかを比べようとすると、何度も行き来しなければならないので、面倒になるのである。三つ目は、先に挙げた点も含めて、こういった個人商店で買うスキルやノウハウを私が持っていないこと。なにせ生まれてこのかた、ほとんどの食料品の買物はスーパーでしてきたのだから。で、結局商店街での買物は諦めて、近くのスーパーで買ってしまったのであった。
 商店街でものを買う人が少なくなっていて、その原因として品物の種類が少ないとか店の努力が足りないとかも言われているけれども、買う消費者側の要因も大きいのだなあと、身をもって(?)感じたのであった。特に上の理由の三つ目、スキルを持たずに育った人は、おのずとスーパーに行ってしまうのだと思うと、問題の根は結構深いようにも思ってしまう。

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2008年8月 4日 (月)

西日本に住むのを実感

 今日は九州・小倉への出張。関東に住んでいた頃は、九州出張といえばかなり遠くて時間も費用も要するものだったが、大阪に住んでみると、あまり遠いという感じではない。新幹線で新大阪から2時間ちょっと、東京に行くよりも近い。感覚的に言えば、東京よりも小一時間近いという印象で(実際はそんなに変わらないのだが)、一眠りしている間についてしまう感じである。。
 こうして九州までの距離が近くなってみて、改めて今は「西日本」に住んでいるということに気がついた。普段大阪に住んでいると、東京方面を向いていることが多いせいか、JRが「西日本」であることを除けば、西日本に住んでいるというのはあまり感じないのだが、こうして九州も近いし、中国地方もごく近く(相対的に言えば)、四国だって海を挟んで接しているのだから、まさに日本の西側にいるということだろう。
 そう考えてみると、大阪に住んでいるうちに、関西はもちろんのこと、西日本全般にも積極的に足を運んで、みるべきものを見ておく必要がありそうだ。日本の47都道府県のうち、私がまだ足を運んでいないところは、和歌山に鳥取・島根の中国勢、九州の長崎・宮崎と、西日本方面ばかり。いずれも東京から足を運ぶにはちょっと便の悪いところばかりで、だからこそ行けずに残ってしまったのだろう。いつまでこちらにいられるか分からないのだから、行けるうちに行っておかねばならない。

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2008年7月28日 (月)

増える物忘れ、鈍る判断力

 最近どうも物忘れがひどくなっている気がする。先日の東京出張では、友人へのおみやげのお菓子をすっかり渡し忘れるし、家に帰ってみると扇風機の電源を切り忘れて丸2日間回しっぱなしにしていた。今日も家にノートパソコンの電源コードを忘れていて、仕事ができなくなって仕方なく家まで取りに帰る始末。
 単に忘れたというよりは、前後や周囲の状況を把握して、行動をきちんと判断する力が鈍っているのかもしれない。最近は電車のルートや乗り換えの判断を間違うことが多いし、買った直後により良い/安いものが見つかったりするなど買い物の場所やタイミングを外すことも多い。今日はパソコン(またかい)の調子が悪くなりその対応に追われたのだが、より単純で簡単な対応策があるというのに、わざわざ難しくて面倒な対処をして無駄な時間を費やしてしまうなど、冷静で的確な判断がどうも出来ていない。
 暑さのせいか、歳のせいか、あるいは何か精神的な問題か。いずれにせよ、ここらでちょっと気をひきしめていかねばならない状況なのかもしれない。困ったものである。

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2008年7月25日 (金)

特別が普通で日常に変わる

 本日も東京出張。この1週間で3回目の東京行きである。これだけ新幹線に乗っていると、旅行しているという気分はすっかりなくなり、単なる“通勤”に近いような印象になってしまう。
 昔、新幹線はある意味あこがれの乗り物、特別な存在だった。小さい頃は新幹線に乗るような遠出をすることはなく、少年時代は列車でいろいろと旅したものの新幹線は高嶺の花だった。初めて乗ったのは中学の修学旅行、高校・大学時代もそんなに乗っておらず、大学院になって学会や調査でようやく普通に乗れるようになり、仕事ではあったもののどこかで旅として楽しめていた部分はある。それが最近では月に数回、さらには週に数回という頻度になって、すっかり楽しめなくなってしまった。
 特別だったものがいつか普通に変わり、さらには日常的なものになっていく。行動半径が広がり異動が便利になる一方で、旅としての楽しみはいつしか薄れていってしまった。なにか寂しいような気がしてしまう。

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2008年7月22日 (火)

疲れは後からやってくる

 東京に行くのは減らそうなどと言っておきながら、この1週間は東京方面への往復が続いている。先の週末の土日は私用で千葉へ、中1日おいて本日火曜は日帰りの東京出張、2日空けて金土と千葉に出張と続き、また中1日で来週月曜にはまた都内での研究会が入るという。中1日くらいならそのまま東京にいればよいのにとも思うのだが、間には大阪での用事が入っているので、帰らないわけにもいかない。
 こうやって東京往復が続くと、移動時間は新幹線で座って寝ているだけなのであるが、なんだかんだいって疲れはたまる。しかも、気が張っている平日は何とか持つのだが、週末の休みになるとどっと疲れが出てきたりする。先週末も、関東に行っている土日のうちは元気だったのであるが、幸い休むことの出来た月曜の祝日には、もう遊ぶ気力も外を出歩く気力も起きず、ほとんど家の中でダラダラと過ごしてしまった。疲れというのは、休んだ時に後からどっと来るものらしい。
 大阪の夏の暑さでバテて、さらに東京行きでバテる。さて、どこまで体力が持つか。

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2008年7月21日 (月)

替えるか替えないか

 本日午後に新しい洗濯機が届く。引っ越しに伴う家電製品の買い替えも、これで終了。冷蔵庫にオーブンレンジ、炊飯器と来て、最後に洗濯機だから、いわゆる「白物家電」を一通り買い替えたことになる。以前使っていたものもまだ使えなくはなかったのだが、かなり長く使っていたから、この際一新しようと思ったわけである。
 なにせ、冷蔵庫・レンジ・炊飯器は、1995年に一人暮らしを始めた時に買ったものだから、10年以上使っていたことになる。洗濯機に至っては、同じ時に友人から譲り受けたもので、その友人が大学に入った時に買ったと聞いたから、おそらく15年以上前のもの。家電もすっかり安くなって、毎年性能が向上する、ある意味“消耗品”にも近いものになっているわけで、今時こんなに長く使う人もあまりいないのではないか。自動車に関しても、免許を取った2000年に買った5,6年前の型の中古のものを、いずれ買い替えようとも思いつつ、結局引っ越すまでずっと乗り続けていたし。
 こうして長く使っていたのは、物を大切にしようと思ったから…というよりは、買い替えるのが面倒であり、よっぽど問題なければ気にならないからである。買い替えると使い方も新しくしなければならないし、古いものは長く使っているうちに使い方のコツみたいなものが分かってきて、機能的には最新のものより劣っても、自分にとっては実は使いやすかったりもするのである。まあ、まだ使えるものがあるのにお金をかけて買い替えるのももったいないと思う、金銭的な側面もあるわけだけれど。
 こうして買い替えてみると、やはり新しいものは使いやすく便利であるのは間違いないし、替えることで気分が一新されるという効果もある。おそらく新しくした方が、エネルギーの消費も少なく、古いものを使い続けるよりもエコロジカルな可能性もあるだろう。でも古いものも、慣れている分使いやすいし、昨日がシンプルな分だけ使う方で自由に工夫して使えるという利点もある。
 替えるべきか、替えざるべきか。今後もいろいろと悩むのだろう。思い切って替えることが出来るのか、はたまた結局面倒になって使い続けるのか。どちらが正しい判断なのかは、難しいところだが。

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2008年7月19日 (土)

祖父の死に今後を思う

 祖父の葬儀のために千葉まで帰る。先週お見舞いに行った時は元気で、話もきちんと出来ていたのだが、その数日後急に容態が変わり、そのまま他界してしまった。最後に会ってきちんと話が出来たのは、ある意味幸いなのかもしれない。享年90歳。残念ではあるが、大往生と言ってもよいだろう。私が物心ついた頃にはもう60歳くらいだったわけだが、記憶にある限りでは最後体調を崩すまではずっと変わらない元気さを保っていたような気がする。厳しい時代を乗り越えてきただけあって、体は十分に強かったのだろう。
 自分が60歳あるいは90歳になることなど、全く想像もつかないのだが、あんなふうに元気に動き回れるとは到底思えない。運動不足に不摂生、薬への依存に不健康な食生活、多大なストレスにそれをはねのける精神的強さの欠如。まあ私くらいの世代に共通する問題点だろうが、こういうことを考えると元気に長生き出来るとはどうも思えないのである。となれば、もうそろそろ人生も折り返し点を過ぎたと思った方がよいのかもしれない。もう半分も生きているのに、まだ何も成し遂げていないような気がするが。
 葬儀には多くの親戚縁者が集まっていたのだが、私にはほとんど誰が誰だか分かっていない。小学生くらいまでは親族の集まりにも顔を出していたのだが、それ以降ほとんど出ていないからで、それこそ数十年ぶりという人ばかり。親に説明されて、あああの人か…となんとなく分かる人もいれば、全く分からない人もいる。会話はおのずと昔話になるわけだから、うなずいていればなんとか対応できるわけだけれども。
 兄弟姉妹の人数が多くて、かつ関係が密だというのは、おそらく私の親世代くらいまでのことなのではないだろうか。我々の世代くらいになると、核家族化で兄弟は少なく、かつ個人主義的な生き方になるので親族との接点もぐっと少なくなっているように思う。となれば、仮に葬儀が営まれるとなっても、集まるのはごく少数の家族のみとなるのではないか、という気もする。大勢が集まって故人を偲ぶと同時に、ある意味で旧交を温めるような形の葬儀は、これから減っていくようにも思う。
 また、今の人間関係というのは、親族間や家族間というよりは、個人間で一対一に形作られるものになってきているから、実際の関係性を理解しているのは当人のみで、仮に亡くなった場合も誰に連絡してよいものか、残された家族は分からなくなるのではないかという気もする。自分の場合を考えてみても、家族にそのあたりが分かるとは思えない。
 という時代になると、個人の死をどうやって関係する個々人に伝えるのか、また家族でも親族でもない個々人の集合体がどうやって弔うのかといった、新たな死の迎え方が問われてくるような気もするのである。

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2008年7月18日 (金)

暑さにバテて冷房にもバテる

 また暑い日が続くようになり、すっかり夏バテ気味である。朝方は部屋の暑さで目が覚めて、職場までの通勤途中からすでに汗だく、昼間外出すれば日差しの強さと気温の高さに閉口し、夜の蒸し暑く重い空気の中を歩いて帰るともうへとへとで、閉め切った家の中は熱が籠っていて耐え難く、シャワーを浴びて汗を流すも上がった途端に汗びっしょりに…という感じで、1日中暑くてすっかり体力が失われつつある。
 しかし、暑いからといって冷房を効かすのも問題で、涼しい室内に長時間いると気がつかないうちに体が冷えているし、そこから外に出ると気温差にくらくらときてしまう。夜も暑くて眠れずに冷房をかけてしまうと、起きた時には体がだるくて若干風邪気味にも感じる。そもそも冷房があまり好きではない体質が故に、冷房でもどうもバテてしまっているようである。
 暑くてもバテて、涼しくしてもバテる。いったいどうすればちょうどよい状態で過ごせるのかという感じである。しかもまだ7月の中旬。この暑さはまだ2ヶ月は続くのだろうから、乗り切れるかどうか本当に心配になってきた、今日この頃である。

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2008年7月15日 (火)

西の私と東の私

 昨日まで数日間関東に滞在していたのだが、元々そちらの出身だし、つい先日まで住んでいたわけだから、旅行に行ったというよりは、むしろ慣れ親しんだ土地に帰った気分。感覚も知識もまだ薄れてはいないので、新幹線を降りた途端すぐに昔の通りに動き回ることが出来る。
 一方で、関西というか大阪に帰ってくると、今や自宅はこちらだし、職場もこっち、数ヶ月を過ごしておおよそ慣れつつあるので、こちらも今となっては我が街である。地図をみたり事前に調べたりしなくても、変に気を張らなくても、ようやく普通に街が歩けるようになった。
 こんなふうに、関東でも関西でもどちらも全く違和感なく過ごせるというのは、なかなか不思議な気分である。どちらにも対応出来るというよりは、関東に行けば関東の私、関西に戻れば関西の私になるというか。この二つのモードが自分の中でパラレルにあって、新幹線の中で切り替わるという感じだろうか。
 しかしまだ関東での生活が長い分、関東に行った時の方がすっと入っていけて、そちらに慣れていきやすい気はする。今回数日間戻っただけでも、すっかり関東モードに戻ってしまい、なぜか4月以降も関東に住み続けていたかのような錯覚を感じた程である。そういう意味では、まだ関西の私が十分固まっていない状況で、あんまり関東に行って長居はしないようにした方がよいのかもしれない。出来るだけ関西で過ごして、こちらの人間としての感覚を深めていくために、東京行きは(減らせるものなら)減らした方がよいのではないか、とも思ったりする。

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2008年7月14日 (月)

運転技術は忘れず/ドライブの楽しさ

 実家に譲り渡した車を借りて、昨日から2日間久しぶりに車を運転した。実家から祖父母の元を尋ねて、その後鹿島で試合を観て潮来の温泉で1泊、翌日実家まで帰るというコースである。3ヶ月のブランクがあったわけで、運転の間隔を忘れてしまっていないかと心配だったのだが、乗り始めこそ若干慣れない感じがしたものの、すぐに感覚を取り戻して、何の問題もなく運転することが出来た。
 頭で覚えた知識はすぐに忘れてしまうものだが、やはり体で覚えたことはそう簡単には忘れないものである。頭で次に何をしようと考えなくても、自然に体が動く。長年乗り慣れていた車ということもあってか、すぐに車と一体となったかのような運転が出来たのはなかなか興味深かった。体に覚え込ませた技術は強い。
 また、最近は歩くことの楽しみを強く感じていたのだが、こうして久しぶりに乗ってみると、車の運転というのはやはり楽しいものである。移動の自由度が徒歩の比ではなく、行動半径が広いし、好きなところに短時間で行くことが出来る。まるで車が自分の手足のように感じて、自分自身の能力が一気に広がったかのような錯覚さえ覚えてしまうほど。こうなると、都会にいて普段必要がなかったとしても、車を持ちたくなる気持ちというのも分からなくはない。

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2008年7月12日 (土)

東京で何を食べるか?

 出張で昼頃に東京に着く。用件は13時過ぎからで、ランチを取る時間はあるが、ゆっくりと食べているだけの暇はない。せっかく東京まで来たのだから、それらしい価値あるものを食べたいが、さて何を選ぶべきか? これが思ったよりも難しい問いなのである。
 ファストフードは論外、パスタなどの洋食系は全国的なチェーンが多くて、中華料理なら別に大阪でも食べられるし、ラーメンも今や発祥の地に限らずどこでもみられる。うどんは関西の方が間違いなく美味しいし、お好み焼きに至っては言うまでもない。そういう状況で、何を食べればよいか。結局のところ寿司にしたわけだが、いまや「江戸前」も全国展開で、むしろ魚の質は地方の方が高かったりもする。
 などと考えてみると、東京ならではの食べ物というのも、なかなか思い当たらない。時間がゆったりとあって、店を事前に調べたり探し回ったり、コストをかけられたりすれば別だろうが、時間のない中で、駅前などで見つけようとすると、上のような自体になってしまうわけだ。
 東京は首都だけあって、全国各地及び世界各国の食べ物にあふれているけれども、逆に東京ならでは/東京でしか食べられないのものは何か?と問うと、実はなかなか見つからないのではないか、という気がする。それだけ食がユニバーサル化・グローバル化したということなのかもしれないが、それはそれで若干空しいことのような気がしてしまう。

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2008年7月 8日 (火)

快適さという罠

 今日はここ数日に比べれば涼しく過ごしやすかったのだが、残念ながら心地よい気候というわけではなく、夜になっても気温というより湿度が高くて、重い空気が体にまとわりつく感じは残る。これくらいの気温であればこれまでならエアコンには頼らなかったのであろうが、あの気温の涼しさ&湿度の低さの心地よさを一度知ってしまうと、ついつい使いたくなってしまうから困ったものである。
 一度生活のレベルを上げてしまうとなかなか元には戻れないとは言うけれど、こういう生理的な快適さになるとますますその傾向は強くなるように思う。暑い日のエアコン、汗をかいた後のシャワー、そしてその後のビール(笑)など、一度気持ちよい状態を知ってしまうと、それなしではいられず、もう抜け出せなくなる。罠にでもはまってしまうような感じ。
 折しも現在北海道ではサミットが開催中で、議題の中心は環境問題ということだが、そういう視点に立つならば、日々の暮らしの中で出来るだけエネルギーの消費を抑えるのが望ましいということは理解出来る。つまり、エアコンはなるべく使わず、水も出来るだけ節約する。ビールも飲まない方が製造・運搬にかかるエネルギーは減るはず。しかし、頭で理解出来たからといって、身体が生理的に求めるものはなかなかやめられないのであって。
 必要なのは、快適さは求めつつも、その罠にはまることなく、適宜生理を理性でコントロールする、ということなのだろうか。しかし、人間の理性ってそんなに強いわけではないし、どうしても楽な方楽な方へと向かいがちなものだから…。

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2008年7月 7日 (月)

ビール漬けの毎日

 先月くらいから、すっかりビール漬けの日々を過ごしているような気がする。とにかく、1日に飲む量がこれまでの倍近くになっているような。もともとビールは好きなわけだが、これだけ飲んでいる時期も珍しい気がする。
 そもそものきっかけは、EURO2008の観戦だったわけだが、それに加えて、大阪の夏の暑さ(夕方には飲まなきゃやってられないという感じ)と、車通勤でなくなったことによる帰り道での飲酒(つくば暮らしではそうはいかなかった)により、消費量は大幅に伸びている。昨日は買い物に行った大阪都心で、昼食時にお好み焼きと一緒に1杯、夕食時にも生中を立て続けに3杯頼むという感じで、今日も夕食時に生中を3杯飲んだ上で、家に帰ってさらに缶ビールを飲んでいるのだから、ほとんど歯止めがきかない感じである。どうも大阪の食事というのは、酒に合うものが多くていけない。
 しかし悩ましいのは、大阪では比較的アサヒビールが強くて、多くの店で出てくる生ビールは“スーパードライ”ということである。「ビールは麦芽100%が基本」とする私の主義とはあまり合わないのが、正直残念でならない。家ではモルツorエビスを基本とはしているのだが、現時点で一番好きな銘柄といえるハートランドが買える/飲める場所はまだ見つかっていないし、よさげなビアホールorビアバーも見つけていないのが惜しい。
 この先さらに暑くなっていき、ビールの需要量はますます増えていきそうで、それに向けた対策(?)も考えなければならないなあ…と思う、今日この頃である。

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2008年7月 5日 (土)

旅する場所から、過ごす場所へ

 都市計画系の知り合いに案内してもらって、1日京都を歩く。いわゆる京都らしい街並みを観るというよりは、昨年の新景観政策導入後に建設された建物がどのような対応をしているかという、若干マニアックなテーマではあったのだが、地元を良く知っている方々に案内していただくのは、大変面白かった。この辺については、いずれ真面目に研究関係のブログで書いてみたいとは思うが。
 それにしても、京都というのはこれまで観光しにいく場所であったわけだが、こうして関西に住んで普通に日常を過ごしうる場所になったというのは、ちょっと不思議な感じである。例えば、この日の待ち合わせ前に京都駅ビルを歩いていたのだが、その中の土産物屋は、これまでは出張の帰り際に急いで品物を探す場所だったわけだが、今や家から1時間程で来ることの出来る場所になった。街を歩くにしても、今度いつ来られるか分からないから、出来るだけ予定を詰め込んで見て回ろうとしていたところが、またいつか時間が取れる時にくればよいやという、気軽な感じに変わりつつある。
 この辺は大阪についても同様で、これまでは名所を出来るだけ効率的に回り、名物と呼ばれるものを食べ歩こうとしていたわけだが、今後は来ようと思えばいつでも来られるわけであって。こうなると、街や店の見方も大きく変わるもので、評価の仕方は、どれだけ個性的か/面白いかというよりは、この後も来るか/通うかという、ある意味“持続的”な観点になってきている。例えば飲食店であれば、どんな面白くても/美味しくても、その後行こうと思えないところは、評価は下がるということである。
 その辺が、観光&旅の視点と、生活の視点の違いなのだろう。で、おそらく生活の視点の方が、よりシビアであることは間違いない(特に大阪の人の場合には)。生活の視点で、どれだけ“良い”と思える場所/店を見つけられるか、その辺が今後しばらくの私自身の課題ではないか?という気がする。

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2008年7月 4日 (金)

いよいよ暑い夏が来た

 先日夏が心配だと書いたのだが、いよいよ恐れていたことが起きてしまった。
 昨晩は遅くまで飲んでいて、寝たのは結構遅い時間だったのだが、朝方に目が覚めてしまった。なぜなら、あまりにも暑かったから。窓を閉め切っていた部屋の中は、照らす朝日で見事に暖まっており、蒸し風呂とは言わないまでも温室のような状態。それにしても、朝6時の時点でこんなに暑くなってしまうとは。体は疲れ切っていてさすがにそのまま起きる気にはなれなかったので、窓を開けて空気を入れ替え、扇風機を回した状態で、なんとか再び寝ることが出来た。だが、眠りが一度分断されてしまった分だけ、疲れは体にどんよりと残っている感じ。
 まだ7月頭でこの状態。この先さらに暑くなっていったらどうなるのだろうか。いよいよ来てしまった暑い暑い夏にどうやって対処すべきか、困ったものである。

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2008年7月 1日 (火)

祭りは終わり、日常へ

 EUROも終わり、気づいてみるともう7月である。考えてみれば、この間ずっと“祭り”の中にいたような気がする。3月は異動に伴う新居探しと先の職場の後始末に追われ、4月は荷造りと引っ越しと荷解きで終わり、5月は新職場の環境づくりと東京との関係維持・継続に勤しみ、そして6月は寝る間も惜しんで(?)EURO観戦。最初の一月が一番つらく、最後の一月が一番楽しかったわけだが、こうして祭りの後になってみると、なんだかあっという間で、今ひとつ実感がない気もしてくる。
 世の中は年々忙しくなり加速度を増していて、これくらいのスピードで走るのはもはやあたりまえのことなのかもしれないけれども、祭り状態が日常になってしまうというのは、とても恐ろしいことのように思える。日常があってこそ祭りの時間に意味があるのであり、祭りが日常化すればもうそこに“日常”は存在しないのであって、そうなれば祭りの意味すらも消え失せてしまうのではないか。
 3月から続いた祭りは、EUROの決勝という最高の盛り上がりでエンディングを迎え、そして新たな月へと入った。祭りの時間から日常の時間へと移行する、ちょうどよいタイミングなのだろう。こちらでの仕事・生活両面の環境も整ったことだし、ここからは地に足をつけてしっかりと暮らしていきたいものである。

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2008年6月29日 (日)

旅人から住人へ

 週末は出張で東京に行き、知人に会ったり、実家に顔を出したりしたのだが、その時には「大阪はどう?」と聞かれるのだが、なんと答えてよいか難しいものがあった。こちらに来て当初は、観るもの聞くものが珍しく、これまでの関東での暮らしとの違いを楽しんでいたのだが、さすがに慣れてきたのか、それらの事柄もここに来て珍しくなくなってきたのである。そういうタイミングで、「どう?」と聞かれても、どうも答えにくい。これまで気づいたことをまとめて説明するわけだが、こちらも新鮮味は薄れているわけで、説明する言葉にも今ひとつ力が入らない(まあ、そもそも会話がうまくないという部分はあるが)。
 引っ越してからしばらくの間は、ある意味まだ“旅人”気分で物事を観てきたのだろうが、3ヶ月程経ってこちらの生活にも慣れたところで、物事の見方が変わってきたのだろう。身の回りの表面的な出来事はもはや普通のことになって、ようやく一人の“住人”として、日々の暮らしを落ち着いて捉えて考えることが出来る段階に至りつつあるのだと、言えるかもしれない。
 とはいえ、この3ヶ月を過ごしたのは、ほとんどが自宅と職場の間の数km程度の範囲内、時々梅田や難波に買い物に行く程度で、その他の地域はほとんど観ていない。また、関東から移った単身男性という特性がゆえ(?)に、日々会うのは仕事関係の人々のみ、地元の友人はおらず、地域の人と接する機会は買い物や食事をしたりするときくらい。今後は、より広い地域を観て、より広い範囲の人々と接していかないと、本当の意味で“住人”になったとは言えないのだろう。

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2008年6月25日 (水)

大阪暮らしでつらいこと

 大阪暮らしを始めてそろそろ3ヶ月。こちらの生活にも慣れて、日々の暮らしも落ち着いてきた。今のところ大きな問題もなくて、全体としてはなかなか暮らしやすく、また楽しくもあるのだが、一つだけつらいなと思うことがある。それは「蒸し暑さ」。
 じめじめとした重い空気がまとわりつき、常にじわっとした汗をかいているかのようで、正直あまり気持ちのよいものではない。シャワーを浴びて流しても、そのあとすぐに皮膚はべたっとしてくる。梅雨の6月だからだとは思うのだが、晴れている日でも湿気は高い感じはするので、そういうわけでもないのかもしれない。となれば、このあと夏に入って気温がより高くなれば、ますますつらい状況になるわけで、それはちょっときつそうである。
 個人的にはエアコン(クーラー)はあまり好きではなく、職場はともかく、自宅ではこれまでほとんど使ってこなかったのだが、こんな気候だとなるとこの夏は頼らざるを得ないかもしれない。とはいえ、エアコンを一晩中つけるのもなんだし、自宅は2階なので窓を開けっ放しで寝るというわけにはいかず、また南と東側が窓で日はそこそこ当たるので、きっと朝方は大変な暑さになる。そして、おそらく暑さのせいで目覚めることになるのだろう。なんと不快な目覚めであることか。
 こうなると、初めて大阪で迎える今年の夏は、すっかりバテてしまいそうで、今から少々心配だったりもする。

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2008年6月21日 (土)

最終列車を乗り継いで

 今日は東京出張だったのだが、国会図書館で資料確認→千葉大で研究会→都内で研究会と用件が続いたのだが、うまく話が進んだためか21時前には全て終了。この時間なら帰れるということで、21:20東京駅発の新大阪行きの最終新幹線に乗り込んだ。日帰りはつらいのだが、1泊して翌日半日〜1日をつぶしてしまうよりは、家に帰った方が何かと便利ではある。
 順調に行けば、23:45に新大阪駅着で、最終の御堂筋線に乗り換えて、家には0:30には着ける予定だったのだが、途中新幹線の線路内に不審者が入ったとかで、掛川駅で列車は止まってしまう。結局30-40分運転停止の後動き出したのだが、もちろん遅れた分の時間が取り戻せるわけではなく、新大阪駅についたのは0:10過ぎ。もう御堂筋線は終わっていて、どうしたものかと正直困った。だったら、泊まってゆっくりしていけばよかったなと、若干後悔もした。
 とにかく行けるところまでは家に近づこうと、0:20発の東海道線・西明石行き最終に乗り、大阪駅0:30発の環状線の天王寺行き最終に乗っていった。新幹線との乗り継ぎ時間を取ったので、両者とも出発は5-10分遅れ。ここまで来れば、タクシーでもそう距離はない、最悪歩いてでも帰れると思っていたのだが、なんと最終の阪和線が接続のため待っていたという。おかげでなんとか自宅の最寄り駅までたどり着くことが出来た。
 新幹線が遅れたのを受けて、東海道線が出発を遅らせ、その先の環状線も、さらには阪和線まで接続のために遅くなるとは。全ての終電がドミノ式に連動して遅れていく。この辺はさすがJRというところか。しかし、新幹線がこれ以上遅れていれば、待たせて接続させることすら難しかったわけで、となれば新幹線の車内で一夜を過ごさねばならないところであった。ぎりぎりまで時間を有効に使いたいわけではあるが、こういう体験をしてしまうと、きちんと動くことを前提にして終電で帰るというのはちょっと考えものかもしれない。

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2008年5月20日 (火)

500kmを往復して

 本日は東京への日帰り出張だった。東京–大阪間の約500km(で合ってるか?)を1日で往復。9時少し前に家を出て、正午頃東京着。午後に本の買い出しと会議を済ませ、会議参加者と飲みに行き、途中退出して21時過ぎの最終新幹線に飛び乗り、深夜0時半頃自宅着、という感じである。片道3時間強だから、そう遠いというわけでもない。以前つくばに住んでいた頃、TXが通るまで高速バスで東京出張していた時の上りとあまり変わらないし、それくらいを通勤している人もいるだろう。
 とはいえ、やはり東京–大阪の移動は、少々きつい。時間距離としては変わらなくても、500km近い空間距離というのは、自然と心身に影響を及ぼしているのではないかと思える。時速200数十キロでの移動というのは、人間の生理にどこか合わない部分があるのではないだろうか。完全に閉じられている飛行機ならともかく、外の景色が高速で流れていく新幹線の場合は、何か神経に作用するのではないかと。日々新幹線での出張を繰り返しているビジネスマンは、見えないストレスを溜め込んでいるように思えてならない。
 あと困るのは、“終電”が早いこと。おかげで友人達とのんびり飲むことが出来ない。今回も会議が終わったのは7時過ぎで、飲みはそれからだったので、2時間弱してこれから盛り上がるというところで中座しなければならないのが、非常に残念だった。だったら泊まればよいわけだが、泊まると決めた時に限って飲み会が早く終わるのが常であって(つくばの時にも最終バスを諦めた途端に終わることがよくあった)、そのわずか数時間のために泊まって翌日も半日費やすというのは少々もったいない。もちろん、そのわずか数時間が重要な場合もあるが。
 まあ、もう生活圏は完全に関西に移したわけで、にも関わらず関東でこれまでと同様の時間を過ごそうとするところが、そもそも間違いなのであろうが。そろそろその辺の感覚も変えなければならないのかも。

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2008年5月12日 (月)

大阪に来て早一月

 こちら(大阪)に引っ越してきて早くも一ヶ月が経った。この間は職場と自宅の引っ越し後の片付けに加えて、学会発表の原稿書きに、研究助成の申請書作成と、いろいろとあったので、あっという間に過ぎてしまった。大阪に慣れたか?と聞かれることも多いのだが、目の前の課題をこなすのに終われていて、慣れるどころの話ではない感じ。ここにきて、職場と自宅の環境もおおよそ整いつつあり、ようやく少し落ち着いて周りの様子がみられるようになりつつある、というところだろうか。
 という状況ではあるのだが、生活環境の変化について改めて考えてみると、関東から関西に移ってきたことの違いというより、つくばから大阪に移ってきたことによる部分が大きい。一番の変化は、車を使う生活から、歩いて暮らす生活に変わったことだろうか。つくばでは、通勤でも買い物でもほぼ毎日自動車で移動してきたわけだが、こちらに来てからは徒歩と電車の生活に変わった。それで不便になったかというとそんなことは全くなく、自宅から駅までは歩いて10分、コンビニまでは1分、スーパーも3分程、区役所も5分程と、徒歩圏内に必要なものが揃っているので、車に乗る必要はすっかりなくなった。かさばる生活用品などを買うのが面倒になったのはあるが、歩くスピードで街を動くというのが、なかなか新鮮で気持ちよい。
 あとは周りにある店のタイプが変わったことがあるか。つくばの店はいわゆるロードサイドショップで、比較的規模の大きいチェーン店が中心だったのだが、今私の住んでいるあたりは小さな商店がまだまだ多い。近所には昔ながらの商店街が残っているし(若干活気には欠けるが)、10分程歩いたところには規模が大きく活気のある商店街もある。職場の周りもおおよそそういった感じ。まだそんなに回っているわけではないが、飲食店も個人経営のところが多いようだし、どこも似たようなメニューを出すチェーン店とは大きな違いである。その分、品物の揃った書店・CDショップやドラッグストアが近くになかったりするのは少々不便ではあるが、電車に30分も乗ればミナミに出られるわけで、そう考えれば文句もない。考えてみれば、つくばで買い物をする時にも30分程は軽く車で移動していたわけで。
 車に乗らずに歩く、小さな個性的な飲食店が多い、で帰りに立ち寄る書店やCD店が少ない、となると、仕事後の時間の使い方も変わってきそうである。帰りにちょっと一杯…という機会が増えそうな気もするので、その辺は少し気をつけなければならないかも。

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2008年4月11日 (金)

つくばよさらば

 いよいよ自宅の引越である。前日深夜につくばに帰り(この表現が使えるのもこの日までか)、早朝からの作業でなんとか箱詰めなどを終わらせ、午前中のうちに旧職場に残された荷物の最後の積み出しまで終わらせる。午後一には引越業者が来て搬出を始めて、午後3時過ぎに終了し、荷物を見送った後、地元で活動していたNPOの引き継ぎをしに事務所に行き、そのまま車を引き渡すべく実家まで運転して、実家で一段落出来たのが午後の7時頃。全てが順調に進んだので、予約していた大阪行きの夜行バスをキャンセルして、最終の新幹線で大阪へ。新居に着いたのは深夜1時頃。
 で、翌日は9時には荷物の搬入が始まり、一気に運んで10時には終了。その後最低限の生活が出来るように荷物を何とか整理して、夜にはコーネリアスのライブに足を運ぶという、かなり濃密な2日間であった。こういう中でもライブを捨てないところが、私らしいというか何というか。
 これで完全につくばを離れて、大阪での本格的な暮らしが始まることとなる。この1ヶ月近くはばたばたでただただ走り続けるだけだったが、ようやく一段落である。ここからは少しスピードを落として、徐々に生活を形作っていきたいのだが、そううまくいくものかどうか。

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2008年4月 7日 (月)

新居での仮生活

 新居の契約手続きを済ませて、カギを受け取り、電気・ガスなどの手続を行って、本日から住み始める。旧居から布団など必要最小限の荷物だけを送っての、仮生活である。荷物も何もない、カーテンもついていない部屋での生活は若干侘びしくもあるが、ある意味広々と開放感に満ちていて気持ちよくもある。0から新たな生活を始めよう、という感じもしてくる。
 とりあえず今週一杯はこういう仮住まいの暮らしが続くが、その間にも引越の段取りや新居での家具の配置などを考えなければならず、頭の痛い日々は続く。

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2008年4月 5日 (土)

自宅の引越も大詰め

 先週末は職場の引越、今週末は自宅の方の引越作業である。荷物の搬出自体は来週末だが、平日の間は大阪にいるので、作業が出来るのはこれが最後である。これまでほとんど手をつけていなかったので、とにかく一気に片づける。
 自宅の方も荷物は大量で、特に本とCDの量が尋常ではない。これらだけで用意した段ボールはどんどん費やされていき、全く足りない状況に。積まれた箱で部屋は足の踏み場もないほとである。
 8年前にここに引っ越してきたときは、荷物を置いてもガラガラだったはずなのだが、いつの間にこれだけ増えてしまったのか。CDの枚数だけでも2.5倍、本に至っては数えていないが3倍近くになっているのではないだろうか。しかし、どれも愛着があるものなので、えいやとは捨てられず、持って行かざるを得ない状況。
 さて、これだけの荷物は、新居に入りきるのだろうか?

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2008年3月31日 (月)

職場最終日

 これまで5年間いた職場を、いよいよ離れる日が来る。この間は荷物の片づけ・梱包に追われていたので、感慨などは何もなく、ただやっと作業が(いやでも)終わるというだけのことである。
 しかし、片づけ・梱包は本当に大変だった。この間にたまりにたまった書類や書籍を整理し、不必要なものは処分して、必要なものだけを箱詰めする作業。古い学会誌やこの後は使わないであろう書類などは思い切って捨てたが、それでも残る荷物は多い。段ボール箱は、当初頼んだ数では到底足りず、最終的には50箱程に。この数になると、さすがに一度では運びきれないので(運んでも送った先が大変なことに)、二度に分けることとし、最終日の本日午後に第一便で約半数を送り出す。
 これで一段落かと思いきや、これまで使ってきたパソコンは旧職場に残さねばならないので(なにせ“国有財産”ですから)、新たに買った(先日秋葉原であせって探した)ノートパソコンへとデータを移す作業へ。移した後は、古いパソコンのデータを消去し、次の人が新たに使えるようにシステムを入れ替える。これがまた面倒な作業で、なんだかんだで終了したのは午前2時頃。
 この間の作業はとにかく大変だったが、こういう形で物やデータを一旦整理する意味では、引越というのもそう悪くないかもしれない。準備の時間が十分にあれば、だが。

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2008年3月22日 (土)

多数の選択肢がある時代に

 現在はネットを通じて非常に多くの情報を手に入れることができ、それらを多数の情報を比較検討して物事を決められるようになっている。概念的には、限られた情報の中から相対的によいものを選び出すのではなく、多数の情報の中から絶対的によいものを選べる状況が出来あがっているといえる。
 今回関西へ引越をするにあたって、新居を探す際にも、賃貸住宅情報サイトで検索して、(もちろん物件自体は限られるが)多くの情報に目を通した上で、その中で良いと思われるものをいくつかピックアップして、実際に見学するという手順を取った。わざわざ現地に行かなくても、多くの情報を見比べることが出来る意味で、役に立ったことは立った。
 しかし、見学しようと現地の不動産業者に行ってみると、目星をつけておいた物件は必ずしも条件を満たすものではなく、むしろもっと良い物件が隠れている、ということも多い。実際今回も、結果的に気に入ったのはネットには出ていない、その時に地元に行かなければ分からなかった物件だった。そういう物件の情報がどのようにに出てくるかというと、デジタルなデータベースを通じてではなく、不動産店のスタッフの頭の中にある、いわばアナログのデータからである。その時々の地元物件の状況が把握されていて、そこから条件にあったものが経験的にはじき出されて来るという感じ。
 不動産業というのが、そういうアナログな一面を持っているという部分はあるだろうが、その他のことも含めて、ネットを通じてデジタルな情報を多数把握できたとしても、最後の重要な部分は、結局のところアナログな回路、端的に言えば「人」を通じてなのではとも思える。今回の関西への就職話にしても、ネットを通じて最初の情報は得たものの、その後話を詰めるにあたっては知人がいたことが非常に重要だった。これまでに研究者の就職サイト(というのがあるのである)で多くの情報を得て、それなりの数に応募してきたものの、軒並み落選で最後に決まったのは人のつながりがあったから、というのもそんな感じがするし(もちろん私が資質に欠けているという面はあるが)。結局のところ、物事というのは多数の候補の中からの競争的な判断によって決まるというのではなく、限られた範囲の直接・間接のつながりの中からしか決まらないものなのかもしれない。
 実際の物事の決まり方が、このような限定的な側面を持つにもかかわらず、ネットを通じて多数のありうる選択肢をみることが出来るわけで、その辺のズレに若干の不幸があるようにも感じる。就職をせずにやりたいことを探している若者とか、転職を繰り返す人とか、なかなか結婚しようとしない人が増えているような現代の状況は、こういうあたりが影響しているのかもしれない。他にもたくさんの選択肢がみえるという事態、もう少し待てば/どこか他にはもっとよいものがあるかもしれないという期待が、物事を決めにくくしているのではないかと。検索して出てくる情報が実際に選択可能なものとは限らない、次に来るものが本当によいものかどうか分からない、にも関わらず。などと考えると、完全情報の下なら合理的で適切な判断が出来るというのは、必ずしも正しくはないような気がしてくるのである。

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2008年3月 7日 (金)

新しい土地、新しい暮らし

 知ってるようで知らない国への出張中に、来年度からの所属先が決まった。ずっと暮らしてきた関東を離れて、関西へ行くことに。暮らしたことのない新しい土地で、これまでとは少し性格の違う分野に所属し、新しい暮らしを送ることになるのである。これまでにも何度か引っ越しはしてきたが、千葉から東京、東京からつくばという形だから、日々を暮らす空間の範囲としては接するか重なっており、基盤となる生活文化も共通するものだった。しかし、今回は移動距離は長く、生活する空間も文化も大きく異なる。これだけ大きな生活の変化は、初めてのことと言ってもよいだろう。
 新しい土地でうまくやっていけるかという心配もあるのだが、ここらで大きく環境を変えて、新しい気持ちで新しい暮らしを始めることも、よいのではないかと考えている。慣れた環境、よく知った土地で、仕事や生活を継続的に送っていくよりは、いろいろなことをある意味“リセット”して、新たな気持ちで取り組んでみるのも必要ではないかと。新たな環境から得るものも多いだろうし。
 東京暮らしの頃は主に音楽に傾倒し、CD買いやライブ通いにいそしんだ。それに少し飽きてきた頃に、つくばに引っ越すこととなり、新たに車の運転の面白さを覚え、地元のチームであるアントラーズの観戦に熱中した。苦節(?)の数年間を経て悲願の10冠を達成したところで、つくば(と鹿島)を離れるというのも、一つのタイミングなのかもしれない気がする。
 関西の文化に溶け込めるかという不安はあるが、逆にその文化の違いを楽しめればよいし、これまでそうしてきたように、新しい土地で新しい楽しみが見つけられるのではないかとも期待している。とはいえ、残り少ない期間で、住まいを探して、今の仕事を片付け、引っ越しをして、新たな仕事と生活をはじめることを考えると、かなり頭が痛いのであるが。

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2008年2月11日 (月)

自分のこと、人とのこと

 あまりにやるべきことが多すぎて、この連休も結局2日は休日出勤。職場関係の業務に、知人とやっている研究に、投稿する論文に、自分自身に関する申請ものなど、様々。とにかく一つ一つをこなしていくしかない状況。
 こういう時にはどれからこなすかは難しいところだが、締切が近いものからというのはあたりまえとして、その次には性格的に「他の人と一緒にやっていること」を優先してしまう。早めにまとめて確認してもらうとか、その後相手が作業することなどを考えると、どうしてもそちらから先になる。で、最後に残るのは「自分自身のこと」に。
 今日も昼から作業をはじめて、二つ三つのことをなんとかこなした上で、最後に夜になって手をつけたのは自分自身の来年度に関する申請書類。ある意味今一番大事なのかもしれないが、出来なければ自分で責任をかぶればよいのだと思うと、おのずと後回しになってしまう。
 何をするにしても、どちらかというと一人でやるのが好きなのだが、それは誰かと一緒に何かをするのが嫌いなのではなく、逆に好きだからこそ相手に変に気を遣ってしまい、その結果自分自身を抑えることになってしまうので、そんなふうになるくらいなら、一人の方がよっぽど気楽だと思うからなのである。そういう状況から「利己的」な人と見られがちなところもあると思うが、理由は違うとはいえ、結果だけみればそうなのだから、まあ仕方がないだろうか。
 冒険家の故・植村直己氏が常に単独行だったことについて、作家の池澤夏樹氏がある本の中で、「集団でいるかぎり彼は譲る」からこそ「一人で行動する方が気楽でいい」ということだったのだろうと書いているのだが、これを初めて読んだ時にそうだよなあ…と妙に腑に落ちたのを覚えている。やっていることの大きさは比べようがないし、こちらのことは必ずしも一人で出来るわけではないので、全然状況は違うのだけれど。

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2008年1月31日 (木)

早くも1月が終わり…

 今年も残すところあと11ヶ月である。というか、今の私の場合、3ヶ月後からは全く先が見えないので、残り2ヶ月と言った方がよさそうだけれど。
 この1ヶ月は、最初は正月ボケで何もせず家に引きこもり、中旬は仕事が乗らないまま出張や旅行に逃避し、下旬は状況の大変さに気づいてオロオロしているうちに、いつの間にか終わってしまった。何もやっていないわけではないけれど、何かをきちんとやり遂げた感じもない、微妙なところである。
 この先の2ヶ月は、やらねばならない仕事が山のようにあり、約2週間のアメリカ調査出張があり、職場を離れる際の後片付けもあり、かなり忙しい日々になりそうである。でもって、4月以降のことはいまだに見えていない状況。いくつか取り組んではいるもののどうなるかは分からず、決まれば決まったで新しい生活への移行でさらに忙しくなる。
 なんというか、レールの行き着く先が見えないジェットコースターの、最高地点まで登ってきてしまったかのような気分である。ここからしばらくは超高速でひたすら走り降りていくだけ、その先は右に行くのか左に行くのかはたまたレールを失って飛び出してしまうのか全く分からない、という感じ。これから走り抜けていくスピードと先の見えないレールを走る恐怖に耐えられるのか、少々不安である。どうしようもないとしても、車にしがみついてひたすら我慢するしかないわけだけれども。

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2008年1月16日 (水)

年賀状の返事を書く

 新年に入ってすでに10日以上経ったのだが、いまさらながら年賀状の返事を書く。とはいえ、さぼっていたわけではなくて、今年は喪中だったため、松の内(15日と考えてみた)を過ぎてから「寒中見舞い」として書いているわけである。ということで、年賀状出したのに返事がないと思っている方々、これからはがきが届くはずですので、お許しを。
 しかし、これだけ正月から間が空いてしまうと、どうも書く気が起きないのが実際のところである。年賀状という特別なものを、正月という特別な時期にだからこそ、改まって書こうという気になるわけだが、こういう状況になるとなかなかやる気が起きない。おかげで、相手に向けての一言も、どうも筆が進まない。もちろん返事は書くべきなのは言うまでもないが。
 基本的には、年賀状は自分から出すことはなく、いただいた方にしか返事を出していないので、数はそう多くはなく、また増えるというよりは若干減る傾向にあるわけだが、それでも葉書というアナログな形でやりとりをするのもよいものである(とはいえ、今年は多くをパソコンに頼ってしまったが)。普段は電子メール一辺倒で、その方が気軽で速くて良いと正直思っているが、実際に「もの」が届くというのは、また違った面白さがある。
 パソコンの画面上の文字だと伝わらないことが、手書きの文字や家族の写真などから伝わってくる気がするし、その分相手のことが思い出され、と同時に相手と自分の距離を考えたりもする。物理的・心理的な距離のほか、互いの立場の違いなどについても(なんか取り残されているなあ…と感じることも多いのだが)。そういう部分も含めて、年賀状というのは、自分のいる位置を測りなおす一つの機会なのかもしれない。そういう機会が、年に1回年の初めにあるというのは、悪くはない。

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2008年1月 6日 (日)

明日から社会復帰

 1週間程の正月休みも終わり、いよいよ明日から仕事なのだが、少々不安でもある。なにせ、1月3日以降今日までほとんど家を出ておらず(一度夜に買い物に出たのみ)、持ち帰った仕事も結局ほとんど手をつけず、TVを観たりのんびりと過ごしているうちに、何をするわけでもないまま4日間が過ぎてしまった。毎日深夜まで起きて昼頃まで寝ていたし、こんなだらけた生活を元に戻して、きちんと社会復帰出来るかどうか。
 ちなみに、元旦まで戦った鹿島の選手達は、監督から少なくとも10日間は体を動かすなと言われたらしい。1年間に渡って体にたまった疲労を抜き取るには、最低でもそれくらいの完全休息が必要ということなのだろう。さて、私の頭や心にたまった疲労は、この1週間で抜けただろうか。明日から気持ちよく仕事に復帰できて、最初からきちんと頭が働くことを願いたいものである。

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2008年1月 5日 (土)

なぜサッカーに惹かれるのか

 年末から正月にかけてあれだけサッカーを観たというのに、飽きることなく今日も高校サッカーをTV観戦。千葉会場は、東福岡−流経大柏、三鷹−藤枝東という興味深い組み合わせだったので、スタジアムまで観に行こうかとも思ったのだが、さすがに市原臨海は遠いのでパス。柏の葉であれば、きっと行ったことだろう。
 しかし、ここまでサッカーに惹かれる/魅せられるのはなぜなのだろうか。観戦しながらなんとなく考えていたのだが、おそらく今の私にはないもの/得られないものが、そこにはあるからなのだと思われる。
***
 まずは「身体性」。普段ほとんど運動らしき運動をしない私は、ああいう身体の動き−走る、蹴る、飛ぶ−は全く欠けているものであり、自分に出来ないことをあれだけの高いレベルでこなしていることがすごい。
 「速度」や「瞬間性」というのもある。サッカーでは、一瞬のうちに考えて、最適な対応を見いだし、素早く行動に移されるが、普段の生活ではそういう速さはあまりない(似ているものといえば、車の運転くらいか)。特に私のような研究者の場合、思考も速さというよりは緻密に持続的に行うもので、瞬間的な思考はほとんどない。
 瞬間性と関連して、結果の「明確性」もあるかもしれない。シュートが決まるか、勝つか負けるかの結果は、瞬間的に決して、ある意味残酷なほど明確である。それに比べて、日頃の仕事や生活では、結果が適切に評価されず曖昧なままの方が多いし、結果が見えるのは後になってからのように思える。
 勝ち負けを争うという意味では、「攻撃性」という要素もあろう。一般社会では否定されがちなこの要素が、(試合中に限っては)ピッチの上で繰り広げられるわけだし、観客にも一定程度は許容される(もちろん行き過ぎは問題だが)。日頃出せないものをスタジアムでは出せる、という部分も、結構大きいかもしれない。
 「連帯感」や「一体感」も重要な部分だろう。勝つという目的に向けて、選手・監督・スタッフ・フロント、そしてサポーターが一体となって取り組む。翻って今の仕事を考えると、一部を除けば、形式的にはチームを組んでいても、実質は個人でやっているものが多いのが実情。一つの目的に協力して取り組む、なんてのはほとんどない。
***
 以前の中心的な趣味だった「音楽」でも、身体性や速度・瞬間性は感じられるし、ライブでは連帯感もあるわけだが、最近は会場の雰囲気も年々悪くなって一体感に欠ける気がするし、むしろ音楽には欠けている結果の明確性や攻撃性という部分をより強く求めて、サッカーへと関心が傾いたのだろうか。
 サッカーを観ることで自分に欠けているものを得ることができ、それによって日々の仕事や生活がよりよいものになればよいのだが、最近ののめり込み様は、どうも日々の仕事や生活からの逃避に近いような気もしてしまう。そういう意味では、すでに「中毒」に近い状態になってしまっているのかもしれない。だとしたら、ちょっと困ったものである。

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2008年1月 4日 (金)

「仕事始め」に終わり方を考える

 仕事始めではあるが、休暇を取って本日はお休みに。とはいえ、どこに行くわけでも何をするわけでもなく、家でのんびりしたり、持ち帰った仕事を徐々に始めたりしているわけだが。
 2008年の仕事を始めても、今の仕事はあと3ヶ月で終わってしまう。本年度で5年間の任期が終了するのである。それでいて次の仕事はまだ決まっていないから、このまま行けば4月以降は無職・無所属になる可能性が高く、となれば今後の身の振り方も問題だが、それ以上に今の職場をどう“撤退”するかが大きな課題なのでなる。仕事がないのはまあ「休暇」がもらえたものと(良いように)捉え、収入がないのは(なんとか)貯蓄でもたすとして、職場にある荷物だけはなんとかしなければならない。職場の6畳強の個室には山のような本と資料があるから、これをいかにして期限までに引き揚げるかは、実に頭が痛い。
 考えられる手段としては、今の家に持ち込む/荷物をどこかに預ける/より広い部屋に引っ越す、などだろうが、仕事はなくなるとはいえ研究することはあるので手元に本や資料は必要だし、次の仕事がいつ・どこに決まるか分からないことを考えると引っ越しのコストは大き過ぎる。となると、今の家になんとか押し込むことが、現時点での最善の選択になるだろうか。そのためには、間取りの使い方をより効率的にして、多くの本棚を新たに持ち込まなければならない。一人暮らしにしては広い部屋とはいえ、今でさえ趣味の本やCDが多数あるというのに、さらに本棚を入れなければならないというのは、かなり厳しい作業である。
 とりあえずは、すでに足りずにあふれているCDラックを一つ注文することから手をつけ始めた。今後は、どこに・どうやって本棚を置くか、そして丈夫で大きな本棚をいかにしてコストをかけずに手に入れるかを、考えていかなければならない。それが決まり入れる場所を確保した後には、実際に本や書類を整理して持ち帰り、家の本棚に入れていくという、途方もない作業が待っている。考えただけでもうんざりしてくる。まあ、急に話が決まったわけではなく、すでに期限ははっきりしており、また3ヶ月という期間があるだけ、ましだと思わなければならないが。

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2008年1月 3日 (木)

減りがたく、増えやすし

 一時期1ヶ月程のダイエットを行って、一定の成果をあげられたのだが、その後手を抜いていたのがたたって、すっかりダイエット前に戻りつつある。困ったものだ。
 とはいえ、サポートするチームが優勝すれば祝杯をあげたくなるし、旅行先では美味しいものを我慢出来るわけがないし、年末年始はおのずと飲酒・飲食をする機会が増えるわけで、状況からして仕方がないといえば仕方がない。
 それにしても、あれだけ苦労して痩せたというのに、増やすのはいとも簡単なものだなと。何も気にせず普通に食べて飲んでいれば自然と体重は増えていってしまう。減りがたく、増えやすしである。
 正月3が日も終わるし、しばらくは年末年始で疲れた胃腸を休めつつ、また少し節制する生活をはじめようとは思う。しかし、美味しい酒と美味しい食べ物を大いに味わってしまった以上、うまく抑えられるものかどうか。とかくこの世の中は、誘惑が多すぎて困る。

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2007年11月 3日 (土)

今週はちょっとお休み

 今月は少々ダイエットをしてみている、という話を以前書いたが、なんとか約1ヶ月続けることが出来た。体重は2〜3kg程減り、ウエストもベルトの穴1つ分くらいはやせて、数ヶ月前にははけなかったスーツのズボンがはけるようになった。うれしいことである。
 一定の成果も出たということもあって、この1週間はダイエットはちょっとお休みとした。別にやめたわけではなくて、地方出張があったり、風邪をひいて体調を崩したり、あとちょっとした記念日もあったので、今週くらいは普通に食べようと思った次第。ということで、先週末のカシマスタジアムでは名物モツ煮を食し、仙台への出張では牛タンと寿司と牡蠣と日本酒を楽しみ、その後悪化した風邪(カシマでびしょぬれになったからか)を直すべく栄養のあるものをとり、久々にケーキも食べて、週末にはラーメンと餃子までいただいてしまった。この1ヶ月食べてきたものとは大きな違い。一気に数倍のカロリーを摂取したのではないか。
 こうして久しぶりに肉や油ものや甘いものを食べてみると、さすがに美味しく感じ、それに比べてこの1ヶ月間の食事は味気なく物足りないと思うものの、そう頻繁に食べなくてもよいかなあという気もする。時々食べるからこそ美味しく感じるのであって、毎日ではありがたみも感じなくなってしまう。無理してまで避けることはないけれども、やっぱり控え気味にした方が体にもよいわけだし。この1ヶ月で簡単に減らせる体重は減ってしまい、ここから落とすのはまた一段の努力が必要になるだろうから、この先はむしろ長く続けるべく、節制をしながらも時々美味しいものも楽しむ形でやってみようと思う。

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2007年10月18日 (木)

食欲の秋、といきたいところだが

 実りの秋を迎えて、いろいろなものが美味しくなる季節ではあるのだが、残念ながら食べることを楽しめずにいる。というのは、10月に入ってダイエットを始めてみたから。つくばという土地で車中心の暮らしをするようになったこと、それに30代に入ったという年齢的なものもあってか、それまで10年近く安定していた体重がこの何年かでぐっと増えて、ウエストも広がって着られなくなる服が結構出始めた。これはまずい、そろそろなんとかせねばと、一念発起してダイエットを始めてみたのである。
 特に○○式みたいなものを試しているわけではなく、単に食べるものをコントロールするだけ。肉類や油ものは食べない、甘いものも食べない、お酒は飲まない、清涼飲料水も飲まないようにして、摂取カロリーを減らすことを心がけている。家で食べる時は調整出来るのでよいのだが、外食をする時がなかなか難しい。和食系のさっぱりしたものを選んだり、カロリー表示のついたメニューのある店で計算しつつ食べたり、いろいろ工夫が必要なのである。同僚と昼食をともにすることもあるので、そういう日はその分だけ朝食や夕食を抑えるようにしている。
 仕事関係の懇親会があったのでお酒は一度飲んでしまったが、それ以外はなんとか半月続いている。始めた当初はとにかくお腹が空いて困っていたのだが、1週間くらいすると慣れてきて、そんなに食べなくても満足出来るようになったのが不思議である。以前は食べ終わっても若干物足りなかったメニューが、今は満腹になってしまうのだから。実際の効果としては、体重は数字的には減少傾向だが、体脂肪率は量る時で結構増減しているので、まだなんともいえないところ。もう少し続けてみないと、しっかりとした結果は出ないのかもしれない。
 よいことばかりにもみえるが、実のところ肉体的な部分以上に、精神的な部分への影響が大きかったりする。以前はストレス発散や気分転換に美味しいものを楽しんでいたのだが、それが出来なくなったのが一番痛い。始めてしばらくの間は、そのために精神的に若干落ち込んでしまったくらいである(もちろんそれだけが理由ではないけれど)。食べ物ではなく、別のことで気分転換をする方法を見つけなければならない。よりダイエット効果を高める意味も含めて、体を動かすようにするとか。
 とにかく食べて飲むことが好きだった、しばらく前までの私のことを考えると、いつまで続けられるのかはかなり疑問ではあるのだが、なんとかしばらく続けてしっかり効果が出ることを期待したいものである。

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2007年5月26日 (土)

懐かしい街へ:変わるもの/変わらないもの

 仕事で千葉方面に行ったので、実家に一泊した上で、翌土曜は昔懐かしい街を巡ってみた。
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 まずは船橋市立西図書館。西船橋駅の北口、丘の上に位置する図書館で、独特のモダンな設計の建物である。ここで高校時代に読んだ本で、現在まで続く本の趣味が形作られ、また進学する学科が決まったわけで、その意味で私の人生を左右した重要な場所と言ってもよい。建物自体は全く変わっておらず、書棚はさすがに更新されているが、本の配置や空間の雰囲気は昔のままである。が、以前は木々に囲まれていた建物の周囲には、家が建っており、また丘の下にはマンションも建っている。さすがに隣接する神社はそのままなので木々はあるのだが、昔の"下界"と隔絶された独特の雰囲気は若干失われてしまっていた。残念。
 京成西船駅まで歩き、電車で京成船橋へ。この駅も中学高校と通学で通った場所であり、いろいろと思い出深い。しかし、何年か前に線路は高架化されていて、駅の北側には再開発ビルが建っており、駅自体に昔の面影はほとんど感じられない。周りを歩くと、昔のままの道で、当時の雰囲気が残っているのだけれど。駅前通りを歩いてみても、以前とは店は大きく様変わりしていて、よく通ったデパートもカラオケ店などに変わってしまっている。通り沿いには20数階建てのマンションが建っているし、現在工事中の再開発マンションもみられる。構造は昔と全く変わらないまちのなかに、超高層の建物が何本も建っているのだから、妙な感じである。
 続いてJR総武線で津田沼まで。中学受験の時の塾、そして大学受験の時の予備校があったので、ここも懐かしい場所。当時からペデストリアンデッキがあり計画的に整備された駅前なので、いくつか新しい建物はあるが、基本的にはあまり変わった印象はない。だが、ちょっと離れたあたりにはイオンのショッピングセンターが建っており、その影響からか以前あったデパートが閉店していて、さすがに変化はみられる。京成津田沼駅まで歩いてみるも、道路はぐっと広がっており、その周りには多くのマンションが建ち並んでいるのは、昔とは全然違う。
 京成で少し戻って船橋競技場前、そこからバスでららぽーとへ。ちょうど小学生くらいの頃にオープンしたのだったか、以降は多くのものをここで買ってきた。私が通っていた頃と比べてもっと大きく広がっていて、店の数も種類も倍近くになっているのだろうか。しかし、入っている店はどこのショッピングセンターにあるものとそう変わらず、飲食店もよくある店やフードコードなどが増えている。若い頃に行っていたからかもしれないが、以前は少し質の高い大人向けの街だったような気がするのだが、全体として狙う客層が低年齢化しているような気が。外に出てみると、海側の以前ザウスがあったところ、イケアの隣には巨大なマンションが建っている。広告看板によれば、全国最大規模・1200戸の免震マンションだとか。そんな規模になってしまうと、免震とはいえ若干の被害が出ただけで、その後の補修等の対応は取りにくいのではないか。それで「地震に強い」を売りにするとは、何か違うのではないだろうかとも。
 友人と合流して、車で京成大久保近くの母校まで。今日は現在母校で教師をやっている先輩の、学校近くのお宅に遊びに行くのである。途中昔の通学路を通ったのだが、大学のキャンパスだった敷地に巨大なマンションが建っていたり、駅前商店街にいきなり十数階建てのマンションが建ち並んでいるなど、ここでもマンションが目について仕方がない。一方で、いろいろ買った本屋や文房具屋、よく食事をした店や遊びに行ったゲームセンター、帰りに買い食いした今川焼屋などは、昔のままで残っていて、思い出深い風景とその風景を壊す建物とが入り交じった、何と言ってよいのか不思議な光景に移る。
 ついでに母校の中ものぞいてみる。中学高校生が部活をやる土曜の午後に、私服のOBが構内を歩くわけで、不審者に見えないか不安に思いつつ見て回る。いくつか新しい建物も建っていて、以前より建て詰まった雰囲気になったが、昔からある校舎の中は全く以前のまま。中を歩いていると、自然と昔のことが思い起こされるから不思議である。20年近く前にタイムスリップした気分。知っている先生方には会えなかったが、なかなか貴重な体験だった。
 で、その後先輩宅で飲み会に。久しぶりに古い友人達に会うのはとても楽しかった。つき合いが長い分、気兼ねする必要もないし。それぞれに年をとっているわけだが、ノリは全くもって高校時代のままなのが面白い。先輩宅は去年新築したばかりで、飼っている猫達のことを第一に考えたというつくりで興味深い。ここまで目にしたマンションに閉口していただけに、こういうヒューマンスケールな家がとても気持ちよく感じる。こういうのをみると、家を持とうという気はさらさらないのだが、自分で家を建ててみたいなあと思ってしまう。
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 昔の風景がそのまま残っていた場所もあり、すでに(主にマンションによって)壊されてしまったところもあり、懐かしい場所を歩きつつ、いろいろと考えるところの多い一日だった。マンションの件については、なんとかしなければならないなあと思う部分が多々あり、いずれ研究的な観点からも考えてみたい。

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2007年4月22日 (日)

信頼が基本

 清水vs鹿島戦の感想は鹿島サポの観点から書いたが、一サッカーファンとしてみると、前半の清水の攻めは本当に面白かった。奪ってからの早いカウンターが中心だが、中盤で人とボールを細かく動かして守備の網をかいくぐり、サイドにボールを送るとタイミングよく両サイドが上がって来ている。そこから縦に突破してクロスを挙げれば、何人かの選手がきっちりと走り込んでいるという。これに比べると鹿島の攻めは、ここぞという時にはテンポアップするが、全体として停滞気味というか。
 ああいうふうに次のボールが来る位置にきっちりと選手が走っているというのは、戦術的な理解のレベルはもちろんあるが、それ以上に選手間での信頼があるということなのだろう。そこに走り込んでくれると信じるからパスを出す・クロスを上げられるのであり、ボールを送れば次にはこういうふうに戻してくれると信じているから第2・第3の動きが出来るのだろう。そう考えると、やはり鹿島の選手間の信頼はまだまだだなあと思ってしまう。
 これはサッカーだけでなく、仕事でも同じこと。チームで作業をしている場合、何かを投げかければこう反応してくれる、成果を渡せば次にはここまで仕上げてくれる、こちらが作業している裏ではきっとここまでやってくれている、と信じられてこそ、お互いに全力を出して共同作業が出来るわけであって。何度パスを出しても走り込んでくれないとか、スペースをみつけて飛び込んだのにパスが出ないとかが続くと、おのずと信頼関係は薄れていって、走る気力もなくなる。そうすれば、もう個人プレイの集積になって、連動性はなくなってしまい、全く「勝てない」チームになってしまう。
 中田英寿についてのエピソードだが、彼はこのタイミング・このスピードでここに出すしかないと思って出しても、受け手によっては「そんな早いパスは受けられない」「周りを考えずにパスを出している」などと思われることもあったという。出し手と受け手の間に信頼関係があれば、パスに込められた意図も分かるのだろうし、一度失敗してもそこからお互いに探り合って絶妙のコンビプレイをつくりだしていくのだろう。しかし信頼関係がなければ、出し手から見れば「なぜ追いつこうとしない」、受けてから見れば「なぜ合わせない」と思うだけで、両者の溝は開いていき、パスの位置もタイミングもずれ続けるに違いない。
 信頼出来る相手と進める仕事はつらくても楽しいのだが、応えてくれない・信頼出来ない相手との仕事は、ただただきついだけである。労力をかけても報われず、頑張っても周りとの溝は深まるだけで、やればやるほど虚しくなる。いっそのこと、信頼出来る相手とだけ仕事ができればよいのだが、そうもいかないのが現実。
 そういうチーム状態をどうすれば立て直せるのか、サッカーのチームマネジメントでも学びたいところである。ただ、結局私は一プレイヤーに過ぎないわけで、スーパーなプレイヤーなら一人でも試合で局面を打開出来て、チームも変えられるのだろうが、そういうわけではないからなあ。

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2007年4月 4日 (水)

私のGWはどうなる?

 今年のGWはなかなかよい日程で、間の2日を休めば9連休である。こんな機会はなかなかないし、来年度以降自分がどういう立場になるかわからないので、ここは思い切って9連休にして海外逃亡を…と思っていたのだが、どうも仕事関係の締切がGWのちょうど中間に来てしまう模様。さて、どうしたものか。
 もちろん連休前にきっちり終わらせればよいわけだが、結構大変な作業を複数抱えているので、その辺はちょっとあやしい。他の関係者と一緒にやる部分もあるので、自分一人が頑張れば済むという問題ではないところもあるし。もともと週末とか連休というのは「休む」ためのものなのだけれど、これらを使って仕事をすることを織り込まなければならないというのが、悲しいところではある。
 まあ、どちらにしろ、行き先は来週のCL 2nd Leg.が終わらないと決まらないのだが(…って、それからでもツアーは取れるのか?)。

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2007年3月24日 (土)

週末の空白

 今年に入ってから、週末の土日のうちの1日は、家から全く出ないことが多くなっている。昼頃まで寝ていて、冷蔵庫にあるものを適当に食べて、午後は本を読んだり音楽を聴いたりして、夕食も適当に済ませて、そのままだらだらとTVをみたりして、1日が終わるという感じ。全くもって非生産的な一日の使い方であり、なんにもならないという意味では、「空白」の一日ともいえる。
 ここしばらく平日は出張が続いていて、家にいる時間がほとんどないことの反動かもしれないけれども、そういう週末の日になると、どうも家から出て何かに触れたり誰かに会ったりということをしたくなくなってしまう。家に閉じこもって、TVやネットだけで外とつながっている状況だから、言うなれば週末だけの“プチ引きこもり”なのかもしれない。
 一見つまらない週末のようにも思えるが、全然苦ではなくて、逆に楽しいのである。誰にもじゃまされず、自分のやりたいことをやりたいようにやれるわけであるから。家の中には本やCDなど楽しめるものはたくさんあり、テレビやネットで外からの情報も手に入るし、食べ物の買い置きさえあれば、家から出る必要性も感じない。食べ物がなければ、最悪デリバリーを頼めばよいわけだし。
 こうして週末だけの“引きこもり”を体験してみると、引きこもる人々の気持ちもなんとなく分かるような気がする。外に出ていろいろと大変な思いをするよりは、家の中にいて生きていけるのであれば、その方がよっぽど気楽なのだろう。私自身は、これまで生きてくる中でいろいろな社会的関係をつくってきているから、週末は引きこもっていたとしても、平日になれば仕事に行って外の人達と接することになるわけだが、まだ社会的な関係性がつくれていない段階でこういう精神状況になってしまえば、外に出るモチベーションは低くなり、引きこもってしまうのも仕方がないように思えてしまう。私だって、今の時代に若者であればそうなりかねないし、これからだっていつ何時そうなってもおかしくない気もする。
 などと考えると、家の外側に、家にいるより面白いもの・興味深いものをつくらないといけないわけだが、それは難しいのかなあとも思ってしまう。なにせ、家にいた方が自分自身にとっては楽しいわけだし、外に出なくてもネットや電話を使って暮らしていけるのが今の時代なのだから。

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2007年2月 7日 (水)

知人の葬儀/遺していくもの/記念写真の意味

 午後の仕事を休んで、知人の葬儀(正確にはお別れの会)に出席した。地元の住まい・まちづくり活動でご一緒して、いろいろとお世話になった方。茨城で建築設計事務所を長くやっていて、業界や行政に顔が広く、地元の名士と言ってもよい方だったので、ホテルの大きなホールを使った会で、参列者もかなりの人数であった。今回出席して、そのような"大きな"方であったことを改めて知ったのだが、普段お会いしていた時は実に気さくな方で、私のような若輩者にも親切丁寧に接していただいた。私も年をとった時に、あのような心の広い人になれるだろうか。改めてご冥福をお祈りしたい。
     ***
 追悼の言葉では、故人の行ってきた活動がいろいろと紹介された。建築家であるから、その中心は設計した建物の紹介である。茨城県内を中心に、全国各地に手がけた建物があるという。故人は亡くなってしまったわけだが、手がけた建物が自分の生涯を超えてその後も遺るというのは、うらやましく思える。建物の場合、自分のなしたことが人の役に立つというのがはっきり見えるし、その影響は長年にわたっていくものだからだ。その点、自分のやっている研究や論文というのは、誰のためになっているのか、人に何らかの影響を与えているのかの実感も得にくい。書いた直後は読まれて関心を持たれたとしても、数十年もすれば読まれなくなってしまうものだろう。
 また、追悼の辞の中では、事務所で育てた弟子と、建築家となった息子とが、故人の意志を継いでいくだろうとの言葉もあった。つまり故人は、建築作品の他に、弟子と息子をも、社会に遺していったわけである。今の自分の状況を考えてみれば、いくつかの論文はあるが、弟子もいないし、息子もいるわけではない。もしも今私がこの世からいなくなれば、意味を持っているかも分からないわずかな論文を残すに過ぎないわけで、この先どんなものを遺していけるのか、それが社会にとってどういう意味を持ちうるのか、と考えてしまった。
     ***
 会の中では、建築家らしく、世界各地の建築を旅して回った記念の写真が数多く紹介されていた。様々なところに行っていることをうらやましく思うとともに、このような記念写真を撮っておくことは重要だなとも思ってしまった。私自身は、自分の目で見たものしか撮らないというスタンスなので、自分の姿を撮った写真は手元に全くないのだけれど、となるとこういう形で後に自分の足跡を見せることが出来ない。自分自身にとっては、行った場所の記憶や思い出はあるので、別に自らの写真が残っている必要はないわけだが、他の人に自らを説明する/示す意味では、記念写真は必要なのだなと。そもそも私の場合、旅の記憶は自分の中で完結していて、他の人に自分を示す必要がないと思っているから、自分の写真を撮らないのかもしれない…などと、いろいろなことを考えさせられた日であった。

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2006年6月17日 (土)

W杯期間中の日常生活

 このところ試合観戦記しか書いていないので、その他の日常生活に関することを箇条書きで簡単に。とはいえ結局はW杯にまつわる話ばかりなのだが。
○開幕してからは、平日でもおおよそ1日2試合観戦(生+録画か生×2)という生活リズム。週末は1日3試合強(生×2+録画1)となる始末。さらに金曜からのドイツ渡航の準備もあるので、仕事時間(さすがに仕事はきちんとしているが)以外の大半はW杯に関わることしかしてないことに。
○今回は観戦のための液晶大画面TV+HDDレコーダ+BSアンテナを購入・設置したので(経済効果に大いに貢献している)、開幕1週間前からはこれらのセッティングにも時間が取られる。つまり6月に入ってからは、個人の時間はほぼ全てをW杯に費やしているようだ。我ながらすごいというか、バカだというか。
○個人の時間がなくなっているので、その他の趣味はほとんど出来ず。5月中に結構買ったCD(十数枚はある)もほとんど聴いていない。おかげでブログの記事も書けない。だったら買うなと言われそうだが、店に行くのはもはや習慣だし、行けばどうしても買ってしまうわけで。
○でも映画はいくつか観た。FIFA公認の「GOAL!」と(ストーリーは陳腐なものの、映像は本物だけに迫力あり)、ドイツに行く前にということでヴェンダースの「ベルリン・天使の詩」(何度観ても美しい映画。映像中のベルリンは思ったより美しくはなかったが)。結局はサッカーがらみなのである。
○観戦用のAV関係だが、一応使えているものの、微妙な点で気になることも多い。特に、ハイビジョン放送を画質を落として録画するとやけにノイズやエラーが多いこと(シュートシーンで画面が止まったりする)。そもそもそういうものなのか、それとも機械に何か問題があるのか。とはいえ問題があったとしても、W杯が終わるまでは対応出来ないし。
○一番困るのは、大画面でみるハイビジョンの精彩できれいな画像に慣れてしまうと、質の低い画質でみたくなくなるということ。これまで観ていたDVDソフトも、どうも画質がひどく試聴に耐えられないようにも感じてしまう。そうやって自分の中での基準が上がってしまうと、もう元には戻れないのだろう。
○このことは、サッカーの質についても同じだけれど。W杯が終わった後に、Jの試合を楽しめるのだろうか?

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2006年3月15日 (水)

変わる秋葉原

 秋葉原にUDXなる新しいビルが出来た。本屋・CDショップなどの買物系はないのだが、飲食関係が結構充実している。今時の新規オープンのビルにみられるような、ちょっと洒落た店(メニューもつくりも)が並ぶのだが、一人でも軽く食べられる・飲めるような店が多いところが、秋葉原的なのかもしれない。だいたい一人で食事をすることの多い私にとってはありがたい。
 先日までは、ヨドバシビルの8階で、タワーレコードに寄った後に食事をすることが多かったのだが、あそこの店は表面的にはよいけれど味に個性というか深みがないというか、全体として私好みではないのが分かってしまったので、多分今後はこちらのビルの方を愛用するかもしれない。
 それにしても、昔私が秋葉原に足しげく通っていた頃(それこそ20年以上前だ)は、あの辺には食事を出来るところがあまりなくて、牛丼屋のどんどん(だっけ、もうなくなってしまった)や秋葉原デパート1階の立ち食いお好み焼き屋(これはまだある)、または裏道のカップラーメンにお湯を入れてくれる店(コンビニなどまだない頃)などをよく使ったものだが、10年くらい前からは飲食店の種類も増えてきて、今やビルの中に洒落た店まで並ぶようになってしまうとは。驚きである。

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2006年3月 5日 (日)

カキにあたったか…

 今朝から体調が急に悪化。出張続きで疲れがたまっているところに、風邪をひいてしまったのかと思いきや、どうもいつもの風邪とは違う様子。頭痛や熱っぽさに加えて、吐き気やひどい下痢まで。もしかしたら…と思い、ネットで検索してみたところ、どうもカキに当たった時の症状のようだ。吐き気や下痢がするとは思っていたが、頭痛や発熱まであるとは知らなかった。
 先の出張で食べた焼きガキに、生焼けの部分があったのかもしれない。まあ、あれだけの量を一度に食べていれば、当たる確率も大きくなろうというものだけれど。
 問題はまた明日から関西方面に出張であるということ。この体調で行けるか若干心配である。2〜3日すれば症状は治まるということだけれども。今回ばかりは、食べることを楽しみには出来ないようだ。

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2005年1月16日 (日)

喪の仕事

 …という言葉がある。大切な人・ものを失った悲しみから立ち直る作業のことで、いくつかの段階を経ながら失ったものを超えていく過程のことを言うとのこと。などという言葉を思い出したのは(そもそもは映画の題名で知った)、明日で阪神大震災から10年が経つからで、ここ数日TVで放送される関連番組をみて、被災者の方々の喪の仕事はまだ続いているのだなと、改めて感じた。
 私自身は震災で何かを失ったわけではないので、喪の仕事をしたわけではないのだが、この震災で研究人生が大きく変わってしまったこと(それまでマンション建替えというテーマはマイナーだった)、その後ふとしたことから震災関係の研究に関わり始めたこともあり、いろいろと感じるところが多い。震災3ヶ月後に見た現地の様子は、傾いた建物を多数見たために狂った平衡感覚の気持ち悪さとともに、いまだに強く印象に残っている。写真を一枚も撮らなかったにも関わらず(撮りたいと思うような状況ではなかった)、その光景は今でも鮮明である。今回放送される番組を見て、そのイメージが再び心に蘇ってきた。
 喪の仕事とは、忘れることではないという。失ったことを認識し、受け入れ、乗り越え、新たな方向へと進むことらしい。その意味では、10年目の1月17日前後に放送される多数のTV番組は、社会全体として阪神大震災の喪の仕事を行っているということなのかもしれない(余談だが、こういう時にはNHKの底力が見事に発揮されると思う。民放ではああはいかない。なんだかんだ問題があると言っても、必要な存在である)。映像で描かれる様子には見るのがつらいものもあるが、被災者の方々のつらさは映像以上であることは言うまでもなく、これを直視して再び考え直すことが、今求められているのだと思う。
 それにしても、10年目だからこれだけ番組が放送されるのであるが、こういうのは本来毎年必要だろうし、これだけ充実した内容のものを一年を通して別のテーマでもみたいものなのだが、そうはいかないものなのだろうか。

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