新宿でインストアライブを見て買い物をしていたら思ったより遅くなってしまったので、この際遅くまで遊んで帰るかと思い立って、渋谷のシネクイントへ。クラムボンのツアーを描いたドキュメンタリー、「たゆたう -Good Time Music of Clammbon」のレイトショーである。上演30分程前に劇場に着くと、すでにかなりのチケットが売れていて、前から2列分と、両サイドの一番端の座席しか空いていないという。土曜の夜とはいえ、これだけの人が集まるというのは、なかなかすごい。そりゃ、毎年恒例・夏の野音のチケットも売り切れるはずである(今年は初めてとれなかったからなあ…)。
映画の内容であるが、昨年のツアーを公演順に追っていき、最後の日比谷野音に至る過程を描く形である。ライブの模様はもちろん、ライブ前後のメンバー・スタッフの様子や、移動中の風景、それにメンバーへのインタビューなどもはさまれていて、ファンとしてはなかなか興味深いものとなっていた。
映画の最初、ツアー前半の札幌・仙台公演を描くあたりは、なかなか良い。大ちゃん(伊藤大助:Ds)がライブに対するスタンスを語った言葉と、初日札幌での彼の様子とがオーバーラップするように描かれたところとか、仙台公演でのメンバーと観客が一体となった盛り上がりと、その後バックステージで感動するメンバーの姿、それに終演後に同じく感動している観客の声とを並べて描くあたりなどは、とても気に入ったシーンである。
中盤は移動のシーンに各地のライブの映像を交える形で、ロードムービー的な雰囲気となるのだが、台風上陸で延期となった鹿児島のシーンが特に印象的である。中止となったことを嘆きつつ、会場に来るかもしれないファンのために、メッセージを手書きして張り出すメンバー達の姿が、とても良い。彼らのファンに対する思いが伝わってくるかのようである。
その後は、熊本・八千代座と、博多百年蔵という、個性的な会場でのライブが描かれる。八千代座の方では、昔の芝居小屋(かな)の花道を使って登場して客席の中で盛り上がるミト君(b)と郁子ちゃん(原田郁子:vo,key)の姿がみられ、百年蔵の方では、すぐ目の前にいる観客達との音を通じての濃密なコミュニケーションがみられて、クラムボンがファンと一つになってライブをつくっている様子が良い感じで描かれている。これをみると、百年蔵について、「ここでやらない理由がない」と言うミト君の気持ちがよく分かる。
で、いよいよ最後の日比谷野音に至るのだが、この部分が個人的にはどうもしっくりこなかった。ライブの演奏はこれまでのパート以上に多く盛り込まれ、しゃぼん玉などの野音ならではの雰囲気も描かれてはいるのだが、一本の映画としてみた時に、何かが違う気がしたのである。
ここまでのパートでは、バックステージを中心としたクラムボン側の視点と、ライブを見ているファン側の視点の双方から映像が映され、その両者が一体となっている様子がうまく描かれていたと思うのだが、この野音のところではクラムボンとファンの視点というより、何かカメラマンの視点が結構出てきてしまっている気がする。例えば、会場を流れていくシャボン玉を追いかけたり、会場内を動きながら観客の姿とステージと周りの風景とを描いていたシーンがあったが、どうも視点が移動しすぎていて落ち着かない。また、演奏中にミト君のベースにトラブルがあって、音が復活したところで激しく演奏する姿に寄るシーンなどは、興味深くはあるのだが、あれは迫力ある映像を撮ろうとしたカメラマンの視点であって、メンバー・ファンどちらの視点でもない。客席にいたカメラが急に走り出して舞台袖に行き、ステージサイドから演奏を映すシーンなども、視点の移動や置き方という点からして、今ひとつしっくり来なかった。野音という広い会場では、それまでのライブハウス中心の狭い会場と同じように、メンバーとファンとを一つの画面の中で一体的に描くことは難しかったということなのかもしれないが。
この映画全体としては、先にも書いたが、クラムボンとファン双方の姿を通して、両者が一体となってライブをつくっている様子を描いているように(個人的には)思うのだが、ツアーの最後、映画で一番の山となるべき野音の場面で、その辺の語り口が何かずれているような気がしてならないのである。例えば、開演前のバックステージの雰囲気や、入場を待っている観客の様子、終演後のメンバーの言葉とか、終わっても拍手をやめなかった(のだと想像するが)観客の姿など、あくまでもメンバー・ファン双方の視点/姿を軸にして、野音がどれだけ意味あるものかが伝わるような構成にしてもらえると、よかった気もするのだが(むしろ、映画公開前にスペシャで流された、野音のライブ特番の方が、その辺が描かれていたような気もする)。
あと細かい点では、一番最後の日比谷野音小音楽堂での映像も、経緯を知らない人には意味が分からないのではないかとも思う。野音公演があっという間に完売したのを受けて、チケットが取れなかったファンのために急遽開催されたのが、小音楽堂でのミニライブだったわけだが、そのあたりは映画からは全く分からない。こういうところにクラムボンのファンに対するスタンスが表れているのだから、ミニライブのMCを入れるとかして、その辺を描いてもよかったと思うのだけれど。
そういう意味で、クラムボンのファン以外の人にも彼らのライブの良さが伝わるようにするという点では、ちょっと物足りなさが残る。一本のドキュメンタリー映画としてみた時には、このあたりは結構大きな問題なのではないか。札幌・仙台や熊本・博多のライブのところではその辺がなかなか良く描かれていただけに、最後の野音のところでこそ、もっとストレートに描かれてもよかったような気がするのである。
もちろん、ファンとして興味深い映像が盛りだくさんで、十二分に見る価値はあるので、そこまで文句を言うこともないのだけれど。ちなみに、前から2列目で大画面を間近でずっと眺めていて、かつ全体として手持ちカメラの映像が多くて画面が結構ブレるので、映画後半には少々車酔いしたような状態だったのでした。そのために、最後の野音のところで不満を多く感じたのかもしれない。もう一度遠くからきちんとみれば、また違った印象かもしれないのだが…。
最近のコメント