2008年9月12日 (金)

東京で「TOKYO!」を観て

 東京での仕事が夕方早くに終わり、このまま(実家に)帰るのもなんだったので、映画でも観ることにした。時間的にちょうどよさそうないくつかの作品の中から選んだのは、東京を舞台に外国人監督が撮ったオムニバス形式の「TOKYO!」。HASYMOの曲が主題歌(歌詞がないので"歌"というのも変だけれど)だったので知っていたのだが、仕事柄都市を描いた(とされる)映画に関心があるので、これにしたわけである。
 これまでにいくつか東京を描いた映画を観ているが、なかなかこれといった作品は見あたらない。外国の監督が撮ると、いかにもというジャポネスクな部分だけが描かれがちだし、日本人でも東京の風景は描けても、都市の感触のようなものまでを感じさせるものは少ない(ちなみに東京を最も見事に描いていると思うのは、押井守のパトレイバー劇場版の1作目だったりする)海外の都市を扱った作品にはよいものもあるというのに、東京というのはなかなか描きにくい街なのだろうか。まあ、東京という都市をよく知っているからこそ描けてないなと思うのであって、海外の都市を扱った作品でも、その都市をよく知る人が見れば物足りなく思うのかもしれないが。
 さてこの映画であるが、3本の短編からなるオムニバスであり、アメリカ(NY)・フランス(パリ)・韓国(ソウル)の監督が手がけている。それぞれに設定やストーリーは異なり、舞台とする場所も様々で、こうして並べて観ると、東京という都市への視線がそれぞれに違うのが面白い。2作目だけが東京を若干"異世界"的に扱っている感じだが、その他の2つは結構生(なま)の東京の姿を描いている気がした(現実に近い、という意味ではなく)。東京に住む若者のある種の日常を切り取り、その角度から東京という街をうまく映し出しているなと。背景として映される街が、いわゆる東京的な風景ではないところも、ポイントだろうか。
 といったことを感じながら映画館を出ると、街の姿がいつもとは少し違ってみえたりもした。そういった日常の視点からの切り替えやズレを生み出すあたりが、都市を描いた映画を観る一つの面白さなのかもしれない。

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2008年9月 7日 (日)

「スカイ・クロラ」を観る

 久しぶりに映画館へ足を運ぶ。押井守作品はそれこそ「ビューティフル・ドリーマー」ではまり、それ以降多くの作品を見てきたわけだが、そろそろ上映が終わりそうなので、急いで行ったのであった。
 大阪で映画を観るのも初めてだが、劇場は今や全てがシネコン化してしまって、全国どこでも全く変わらない均質で快適な環境で観ることが出来る。それはそれでありがたいことなのだけれど、劇場の個性というものはもういらないのか?という気もしてしまう。昔は雰囲気や音響や席の良さなどを考慮して、同じ映画でもどの劇場に観に行くかを考えたものだけれども。

 さて映画の方であるが、思ったよりも地味な印象。と言っても否定的な意味ではなくて、攻殻2作品のような圧倒的な映像の迫力というより、じっくりと世界と人物を描いているという感じがよい。航空機の戦闘シーンなどは凝っているのだが、映画全体としては、その迫力あるシーンよりも、地上での人間ドラマの方が印象に残るのである。
 原作を読んだことはないのだけれど、描かれているのはどうみても押井守的な世界。視えない敵との理由なき戦闘、閉ざされた生で繰り返される日常、繋がりそうで繋がらない孤独な主人公達。過去の作品と似たモチーフがみられるので、原作の存在を知らなければ、押井氏の原案だと思ってしまうほどである。まあ、攻殻も原作があったわけで、その辺は本人の意識とシンクロするものを手がけているということなのだろうが。
 扱われるテーマは、今日の社会が抱えている問題とも通底した、複雑で大きなものけれども、映画の中ではそこを直接的に声高に描くのではなく、主人公達の日々を淡々と追う中で背景にあるものを徐々に映し出していくという感じがよい。と同時に、閉ざされた生を送る地上の哀しみをクールに描くとともに、開かれた大空で繰り広げられる戦闘を躍動感あるホットな映像で見せるという、対比的なつくりも面白い。
 これはすごいといって人に薦めたくなるというよりは、心の中にじわっと良さが残るような作品なので、こうして文章を書くのもなかなか難しいわけだが、まずは感じたところを書ける形で書いてみた。その辺をきちんと言葉にしていくには、もう一度しっかり考えながら観なければ…とも思う。

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2008年1月26日 (土)

たゆたう -Good Time Music of Clammbon

 新宿でインストアライブを見て買い物をしていたら思ったより遅くなってしまったので、この際遅くまで遊んで帰るかと思い立って、渋谷のシネクイントへ。クラムボンのツアーを描いたドキュメンタリー、「たゆたう -Good Time Music of Clammbon」のレイトショーである。上演30分程前に劇場に着くと、すでにかなりのチケットが売れていて、前から2列分と、両サイドの一番端の座席しか空いていないという。土曜の夜とはいえ、これだけの人が集まるというのは、なかなかすごい。そりゃ、毎年恒例・夏の野音のチケットも売り切れるはずである(今年は初めてとれなかったからなあ…)。
 映画の内容であるが、昨年のツアーを公演順に追っていき、最後の日比谷野音に至る過程を描く形である。ライブの模様はもちろん、ライブ前後のメンバー・スタッフの様子や、移動中の風景、それにメンバーへのインタビューなどもはさまれていて、ファンとしてはなかなか興味深いものとなっていた。
 映画の最初、ツアー前半の札幌・仙台公演を描くあたりは、なかなか良い。大ちゃん(伊藤大助:Ds)がライブに対するスタンスを語った言葉と、初日札幌での彼の様子とがオーバーラップするように描かれたところとか、仙台公演でのメンバーと観客が一体となった盛り上がりと、その後バックステージで感動するメンバーの姿、それに終演後に同じく感動している観客の声とを並べて描くあたりなどは、とても気に入ったシーンである。
 中盤は移動のシーンに各地のライブの映像を交える形で、ロードムービー的な雰囲気となるのだが、台風上陸で延期となった鹿児島のシーンが特に印象的である。中止となったことを嘆きつつ、会場に来るかもしれないファンのために、メッセージを手書きして張り出すメンバー達の姿が、とても良い。彼らのファンに対する思いが伝わってくるかのようである。
 その後は、熊本・八千代座と、博多百年蔵という、個性的な会場でのライブが描かれる。八千代座の方では、昔の芝居小屋(かな)の花道を使って登場して客席の中で盛り上がるミト君(b)と郁子ちゃん(原田郁子:vo,key)の姿がみられ、百年蔵の方では、すぐ目の前にいる観客達との音を通じての濃密なコミュニケーションがみられて、クラムボンがファンと一つになってライブをつくっている様子が良い感じで描かれている。これをみると、百年蔵について、「ここでやらない理由がない」と言うミト君の気持ちがよく分かる。
 で、いよいよ最後の日比谷野音に至るのだが、この部分が個人的にはどうもしっくりこなかった。ライブの演奏はこれまでのパート以上に多く盛り込まれ、しゃぼん玉などの野音ならではの雰囲気も描かれてはいるのだが、一本の映画としてみた時に、何かが違う気がしたのである。
 ここまでのパートでは、バックステージを中心としたクラムボン側の視点と、ライブを見ているファン側の視点の双方から映像が映され、その両者が一体となっている様子がうまく描かれていたと思うのだが、この野音のところではクラムボンとファンの視点というより、何かカメラマンの視点が結構出てきてしまっている気がする。例えば、会場を流れていくシャボン玉を追いかけたり、会場内を動きながら観客の姿とステージと周りの風景とを描いていたシーンがあったが、どうも視点が移動しすぎていて落ち着かない。また、演奏中にミト君のベースにトラブルがあって、音が復活したところで激しく演奏する姿に寄るシーンなどは、興味深くはあるのだが、あれは迫力ある映像を撮ろうとしたカメラマンの視点であって、メンバー・ファンどちらの視点でもない。客席にいたカメラが急に走り出して舞台袖に行き、ステージサイドから演奏を映すシーンなども、視点の移動や置き方という点からして、今ひとつしっくり来なかった。野音という広い会場では、それまでのライブハウス中心の狭い会場と同じように、メンバーとファンとを一つの画面の中で一体的に描くことは難しかったということなのかもしれないが。
 この映画全体としては、先にも書いたが、クラムボンとファン双方の姿を通して、両者が一体となってライブをつくっている様子を描いているように(個人的には)思うのだが、ツアーの最後、映画で一番の山となるべき野音の場面で、その辺の語り口が何かずれているような気がしてならないのである。例えば、開演前のバックステージの雰囲気や、入場を待っている観客の様子、終演後のメンバーの言葉とか、終わっても拍手をやめなかった(のだと想像するが)観客の姿など、あくまでもメンバー・ファン双方の視点/姿を軸にして、野音がどれだけ意味あるものかが伝わるような構成にしてもらえると、よかった気もするのだが(むしろ、映画公開前にスペシャで流された、野音のライブ特番の方が、その辺が描かれていたような気もする)。
 あと細かい点では、一番最後の日比谷野音小音楽堂での映像も、経緯を知らない人には意味が分からないのではないかとも思う。野音公演があっという間に完売したのを受けて、チケットが取れなかったファンのために急遽開催されたのが、小音楽堂でのミニライブだったわけだが、そのあたりは映画からは全く分からない。こういうところにクラムボンのファンに対するスタンスが表れているのだから、ミニライブのMCを入れるとかして、その辺を描いてもよかったと思うのだけれど。
 そういう意味で、クラムボンのファン以外の人にも彼らのライブの良さが伝わるようにするという点では、ちょっと物足りなさが残る。一本のドキュメンタリー映画としてみた時には、このあたりは結構大きな問題なのではないか。札幌・仙台や熊本・博多のライブのところではその辺がなかなか良く描かれていただけに、最後の野音のところでこそ、もっとストレートに描かれてもよかったような気がするのである。
 もちろん、ファンとして興味深い映像が盛りだくさんで、十二分に見る価値はあるので、そこまで文句を言うこともないのだけれど。ちなみに、前から2列目で大画面を間近でずっと眺めていて、かつ全体として手持ちカメラの映像が多くて画面が結構ブレるので、映画後半には少々車酔いしたような状態だったのでした。そのために、最後の野音のところで不満を多く感じたのかもしれない。もう一度遠くからきちんとみれば、また違った印象かもしれないのだが…。

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2005年7月 2日 (土)

Star Wars Episode 3

…を先行上映で見てきました。すでに全世界の大半では公開済み、日本とごくわずかな国だけが、次の週末に公開開始のようですが、なぜなのでしょう。日本は大きな市場だとも思うのですが。それとも海外で話題になってからの方が関心が高まるだろうという、外圧に弱い日本ならではの戦略なのでしょうか。
 それはさておき、6つのエピソードの中でも一番ドラマティックなのではないでしょうか。1,2の流れでいろいろなことが一気に起こって、そして4から6につながるいろいろな要素が随所に出てくるという感じで、ある意味これが「最後」に公開されるのも分かるような気がします。私はSWの熱狂的なファンというわけではありませんが、一応リアルタイムで全作を見ているので(第一作目は小学生の時だ)、いろいろと思い出しながら大いに楽しめました。
 しかし、この映画って、話がとんとんと進んでいきますね。細かい説明とか心理描写とかがあまりなく、出来事だけがある意味淡々と描かれていくような。普通の映画だったらもっとシーンを丁寧に描くのではないかと。主人公の心理描写や出来事の裏にある様々な事柄をきちんと描けば、2〜3倍くらいの長さになるのではと。まあ、その辺のある意味での分かりやすさと、話の展開のリズム感が、受ける要素だとは思いますが。

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