2009年5月20日 (水)

上海にて・4日目

 最終日は雨が降っていたこともあり、ホテルでのんびりめに過ごした後、まだ行っていないあたりを少しばかり回る形に。あまり多くは回っていないが、その範囲で感想を。
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・まずは市内にある静安寺というお寺を見学。デパートや高層オフィスビルが建ち並ぶ中に、取り残されたように寺があるという。でも一旦中に入ると、中庭を囲む建物からはちょうど読経の声が響いていて、周りの喧噪がなんとなく気にならなくなるから不思議である。
・建物の屋根は金色、壁も黄色や朱色系統と結構派手で、一見すると観光客を意識しているようにも感じられるのだが、日本のそういう寺とは違って、実際に参拝している人が多い。まずは中庭でお線香を手に持ちながら四方に向かって丁寧に祈り、その後左・正面・右の建物にそれぞれ参拝するという感じだろうか(作法はよくわからなかったが)。お年寄りもいるが、カップルも含めて結構若い人々もお参りしている。単に古い名勝として観光の対象になるのではなく、今もきちんと宗教施設として機能している様子が、印象に残った。
・その後は、少し南に下がって、古いアパート群が建ち並ぶ地域へ。太い道路に面しているので、歩道沿いは今風のカフェやバーになっていて、なかなかよい雰囲気である。このあたりは街路樹があったりして比較的落ち着いた地域だったので、ここも租界時代に計画的につくられた街なのだろうか。こういう古き良き空間が残っているのが、面白いところである。
・寺まで戻って東へ向かって歩く。この南京西路も高級な商店が建ち並ぶのだが、その裏側は古くからの集合住宅である。道路に面した部分だけが新しく今風につくりかえられているが、後ろの方は昔の雰囲気のままという対比が面白い。中に入れればよかったのだが、どの門も警備員がいるか扉が閉ざされていて、中まではみられなかった。この辺の感じも、実に都市的な感じである。
・風雨ともに強くなってきたので、外歩きをあきらめて、昨日も前を通った東方明珠塔へ。とはいえ、塔に登るのではなく、中にある「上海市歴史発展陳列館」なるものを観に行ったのである。ここは昔の上海の建物や街並みを再現している博物館で、建築・都市系の私には大変面白かった。のんびり観て回ったので、2時間近くはいただろうか。特に租界時代の街の映像や再現模型が興味深く、この街はなるほどこういうふうにして出来上がっていったのかというあたりが分かった気がする。なんというか、昔からの中国の様式と西洋からの文物とが出会いぶつかり混ざり合っていく様が感じられたというか。
・ここの展示を観て思ったのは、この数日間で私が感じた、この街の表側と裏側、新しさと古さ、富める者と貧しき者という対比の構図は、それこそこの都市が出来たときから続いているのだなと。西洋から来た新しい様式が古きものを駆逐し、富める西洋人が都市生活を楽しむ一方で全く違う生活を送る現地の人もいるという租界時代の構図が、最近になってまた別の形で繰り返されているだけなのかなと。建物で言えば、レンガや石造りの中層建物が、鉄とコンクリートとガラスの超高層ビルに替わっただけであって、そこで起きていること自体はそう変わっていないのだろう。
・しかし、租界時代につくられた西洋風の建物は、現在は現地の人々によってうまく活用されて、新しい都市の魅力となっているわけだが、現在つくられている超高層ビルは、100年後にそういう“文化的な資産”になりうるのだろうか。また、租界時代の建物は取り壊されて超高層ビルに建て替わったが、超高層ビルの後には何が建てられるのだろうか?などということも考えてしまう。そんな先のことは想像もつかないが、超高層ビルというのは、なんとなく将来は何にも使えない/替わらないものになっているような気がしてならない。そんなものをあんなにつくってよいものかとも思う。
・新しいものと言えば、帰りの空港に向かう途中で乗ったリニアモーターカーもそうである。世界で最初の営業運転だっただろうか。確かに新しくて、体感としてもとても速かった。が、乗車時間はわずか8分程、最高速の400km/hで走っている時間は1分程度だったのではないか。そんなものをこんなところにつくってどうするのだ?という気もしてしまったが。
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 今回の3泊4日の滞在の間に、当初は蘇州とか杭州とかも行こうと思っていたのだが、日程的に少々厳しかったこともあって結局行かなかった(3日目は夜が試合のため、1・4日目は到着・帰国のため難しい。行くなら2日目だったがまだ上海もよく観ていないのにどうかなと)。でもまあこれくらいの多少余裕のある日程の方が、ゆっくりと観られてよかったのではないか。

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2009年5月19日 (火)

上海にて・3日目

 本日は市街を流れる黄浦江の東側と北側あたりを回る。人民広場近くのホテルから、外灘の南側まで歩いて、そこから渡し船で陸家嘴へ。高層ビルが建ち並ぶ街を回った後、世紀大道を途中左右に寄り道しながら下って、上海科技館~世紀公園へ。地下鉄で移動して虹口周辺の多倫街~魯迅公園を歩いて、虹口足球場(つまりサッカースタジアム)で試合観戦というルート。そんなに歩くつもりではなかったのだが、結局今日もかなり歩いてしまった。
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・陸家嘴は高層のオフィスビルやマンションが建ち並び、建設中の建物も多い開発中の街である。大きなショッピングモールなどもあって、空間だけをみると中国にいるというのを忘れそうになる。まあ、いる人は主に中国人なので、人も車も信号は守らないとかいう点で、行動様式は中国のままなのだが。
・数ある展望台の中から、一番新しくて一番高い「上海環球金融中心」へ登る。通称「上海ヒルズ」と呼ばれているように、日本の森ビルの手がけたビルである。そのため、展望台まで登る経路も、展望台の雰囲気も、なんとなく六本木ヒルズを模しているようにも感じられる。地上100階の展望台は、世界で一番高いらしいのだが、残念ながら見晴らしはそんなによくはない。なぜなら、空気がよごれているせいか、遠くの景色はくもったようにかすんで見えず、クリアなのはせいぜいビルの1km程度の範囲に感じられるからである。工事が各所で行われているためか、あるいは自動車交通の排気ガスのためか。とはいえ、飾ってある写真を見ると、クリアな日もあるらしいから、この時期がよくないだけかもしれないが。
・しかし、この上海ヒルズからの眺めと、初日にみた「上海城市規劃展示館」の都市模型とは、視点が大変似ているように思えた。六本木ヒルズにあった東京模型を思い出させるものがある。超高層ビルから“下”を眺めるような気持ちで、デベロッパーや市当局は、都市の将来像を考えているのだろう、と思ってしまうわけである。確かに、あの100階から見下ろせば、そこから見える景色を自由に描きたいと思う気持ちは、都市計画の専門家としてはどこかに感じてしまう部分はあるけれども。
・この陸家嘴は高層ビルが建ち並ぶわけだが、その近くには(おそらく)昔建てられた集合住宅団地も数多くある。道に面した1階部分は商店となっていて、内側は門で閉じられている、多くみかける形態である。こういう商店には、近隣で働いていると思われる会社員が数多く昼食を食べに来ていた。昨日の新天地付近と同様であり、やはりビルのそばにはこういう昔ながらの飲食店がなければなりたたないのではないか。
・とはいえ、一部の集合住宅は、開発予定地にあるためか、人がいなくなり取り壊しを待っている状況のものもあった。窓や入口が塞がれているのだが、板とかではなくて、レンガを積んで固めているというのがすごかった。よっぽどしっかりと閉め出したいということなのだろうか。
・陸家嘴より少し南にいったあたりには、比較的昔につくられたショッピングセンターやフードコートがある一方で、最近つくられたとみられるデザインに凝った今風のモールもあったのだが、前者は人が一杯なのに対して、後者はがらがらだったという対比も面白い。後者では野外ステージ的につくられた中庭で、何かのイベントをやっていたのだが、それをみるために面したお店の従業員が外に出ている始末である。空間の作り方に問題があるのか、それとも入る店の選び方に問題があるのか。どちらもあると思うけれども。
・さらに南に降りた上海科技館の周辺は、良くできたデザインの都市公園になっていて、その下には地下街がある。この地下街は、いかにも中国的というか、ごみごみした雰囲気のままつくられているのが、なかなか面白い。土産物屋が多かったようだが、お客はそう多くはなく、これで成り立つのか不思議に思ってしまったのだが。
・上海科技館の西側、川を渡ったあたりには、デザインに凝った集合住宅団地があり、その隣の川沿いには、これまた凝った設計の店舗が建ち並んでいる。一目見て、高級住宅街として設計されたことが明らかなのだが、残念ながら店はまだ埋まっておらず、開いている店にもお客は少ない(平日の昼だったからかもしれないが)。ここにも昨日行ったような、ドイツのビール会社の直営店があって、川の見える屋外テラスで飲んだのだが、やはり1杯60元はした。他の店も比較的高級そうなので、そういう店を集めることで、高級感を求める層に住宅を買ってもらおうということなのだろう。しかし、本当にうまくいくのかどうか。
・移動した先の多倫街は、昔ながらの建物が残り、古物商が集まるような趣のある街で、ここはなかなか面白かった。その前に完全に計画された街から行ったので、なおさらであった。魯迅公園周辺も人が集まる一般的な商店地区であり、やはりこういう雰囲気の方が、中国らしいというか、楽しめるような気がする。
・とはいえ、そういう人の集まるところは、うるさいしごみごみしていて疲れるのであるが。街がそういうふうである分、魯迅公園のような、緑に囲まれて池を配した静かな公園が大変重要な気がした。公園に一歩足を踏み入れると同時に、外の喧噪から離れて、落ち着いて歩くことが出来るのである(街中ではいつどちらから車やオートバイ、自転車が来るか分からないので、ゆっくり歩けないのである)。以前広州に行った時も感じたのだが、中国の都市における公園の持つ意味は、日本以上に大きく重要なのではないかと思う。
・サッカーの試合観戦は別途書くとして、試合後に帰ろうとしたら、ホテル付近まで直通で行ける地下鉄の終電がすでに終わっていたのには驚いた。迂回するルートももう終電近かったという。22時過ぎで終電というのはどうかなという気もするが、そういえば中心部の店も22時過ぎにはほとんど閉まっていたような。社会全体として、そういうやり方をしているのかもしれない。
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 しかし、こうして書いた雑感を眺めてみると、どうみても観光客の目線ではないですね。おのずと専門の都市計画や住宅の視点からみてしまっているようである。

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2009年5月18日 (月)

上海にて・2日目

 2日目の本日は、人民広場付近のホテルから、豫園~上海老街~東台路~新天地~淮海路~衡山路とひたすら歩き(さすがに長かったので疲れた)、その後地下鉄に乗って虹橋あたりをみて、最後に地下鉄で南京西路まで行きそこから歩いてホテルへ戻る…というルートで回る。炎天下の中をほとんぼ1日中歩いていたので、夜には疲れ切ってもう出歩く気力もなくなり、夜9時過ぎにはホテルに戻る始末である。まあ、仕方ないだろうか。
 本日感じたことを、また備忘録的に。今日は、上海の新しさと古さ、表側と裏側、高さと安さという、相対するものを見て回った感じだろうか。
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・豫園は古い中国式の庭園で、その周りにも古い中国様式の建物が並んで、とても古さを感じさせる街である。とはいえ、基本的に来るのは観光客だけなので、土産物屋がほとんどだし、また価格も街中より高かったりして、いわゆる普通の街とは違った、一種のテーマパークである。
・しかしそのすぐそばの上海老街は、日用生活品が売っているような商店街であり、こちらに来るとほとんど地元の人ばかりである。さらに道を横に入ると、狭い道沿いに飲食店が立ち並んでいて、道をふさぐかのように並んだテーブルで地元の人達が簡単な食事をとっている。道を折れて老街に並行する1m幅程の狭い道に入れば、かなり低水準の住環境の家が建ち並び、入口の前で住民が何をするともなく座っている様子が見られる。豫園からすぐのところだが、これだけ環境が異なるとは。
・さらには、老街沿いの一角、豫園パーク(?)に面したところには、新築されたショッピングモールが出来ている。昔風のデザインを活かしているものの、すっかり近代的な形のモールなのだが、店にはお客は全然いない。豫園には観光客があふれ、裏の市場は地元の人で埋まっているというのに、である。このエリアでは、このような新しいタイプの商業施設はきっと合わないのだろう。
・新しい商業施設といえば、新天地が知られる。古い建物を活用しつつ、高級な商店や飲食店を集めたものである。さすがにここにはお客は結構多かったのだが、客層は豫園とも上海老街とも全く違う。外国人か、近くのオフィスビルで仕事をするビジネスマン、それに着飾ったマダム達という感じだろうか。なにしろ飲食店もかなり高くて、街中の普通の食堂で30元程も出せばそれなりに食べられるところで、80~100元台のランチメニューしかないのである。それでもお客はいるわけだから、こういうものが食べられる/食べたい人がそれなりにいるということだろう。
・新天地の周りではビルの開発が進んでいて、いくつもの建物が建設中であった。そのすぐ隣の、昔ながらの2階建ての商店兼集合住宅の方でも、道路に面した部分に仮設資材を組み立てていたので、これらは修理やリノベーションをして古い雰囲気を活かした街にするのかなと思っていたのだが、裏側に回ってみて驚いた。内側の建物は全て取り壊されていて、道路沿いの部分だけがかろうじて残って営業を続けていたのである。しかも、よくよくみると閉鎖された商店も多かったので、いずれ近いうちに道路側も壊されるに違いない。で、その跡地に、隣で建てているような高層のオフィスビルやマンションが建つということなのだろう。
・新天地などの高級な店に人が集まり、周りが再開発される中で、古い建物も取り壊されていく。時の流れなのだから仕方ないとは思うが、それにしてもドラスティックな変化ではないか。それらの古い店では、簡単な食事を取っている会社員も多くみられたのだが、こういう人達は店がなくなった後はどうするのだろうか、などといらぬ心配をしてしまう。高い新天地では食べられないだろうから、新しいビル内に出来るフードコートのチェーン店にでもいくのだろうか。そうすると、お昼ご飯が若干味気なくなるような気もするけれども。
・その後歩いた淮海路も高級店が建ち並ぶ、日本でいえば若干青山みたいな雰囲気の通りなのだが、途中途中に古い味わいのある集合住宅が残っていて、道路に面した部分は商店、裏側は住宅として使われていた。それこそ青山通りに同潤会があったような感じなのだが、こういう建物が残っているのは面白い。
・その先の衡山路も高級な街である。街路樹のある道沿いに、それこそ租界時代につくられたような、落ち着いた雰囲気の古い集合住宅が並ぶような感じで、おそらく外国人の居住者が昔から多かったのだろう。そういう人達を相手にする飲食店が多く集まっていて、それぞれが個性的な外観をしていて、なかなか面白い雰囲気である(日本だと代官山とかか)。
・が、それらの集合住宅の多くは、基本的にゲーティド・コミュニティ(外の人が入れないように閉ざされた住宅地)であり、他の地域の古い集合住宅にみられたような生活感は全く感じられない。なので、上海であるのに上海ではない感じがする。
・また、飲食店の価格もかなり高い。ふらっと入ったとあるドイツのビール銘柄の直営店(かな)では、ジョッキ1杯のビールが70元である。コンビニで買う青島ビールが4元、街中の飲食店で飲むと12元、昨日外灘で飲んだ地ビールが30元くらいのところで、である。その日の昼食代よりもビール1杯が高いとは(苦笑)。だが、こういう店が成り立っているということは、この値段でも来るお客がいるということなのだろう。
・最後に行った南京西路の駅前は、オープンエアのショッピングモールがつくられていたのだが、その一端の道路を挟んだ向こう側も、「小吃街」という古くて狭い店が並ぶ飲食店街で、こちらも歩行者専用である。が、人が多いのは明らかに古くさい小吃街の方で、店前の屋台に並び買って食べる人であふれている。一方のモールの方は、人は通っているものの、食事をする人は少なくて、にぎわいには若干欠けていた。
・といった感じで、今日は至る所で、幹線道路沿い等の表側に並ぶ新しくて高い街と、古いけれども味があって(その結果)高い街、それらと裏側にある古くて安い街との対比をみてきたような気がする。これが上海という街の現在の一つの典型的な姿と言えるのかもしれない。

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2009年5月17日 (日)

上海にて・1日目

 休暇の旅行で上海へ来ている。ホテルのネットが常時接続なのでこうしてブログも書けるのだが、こうしていると自宅と環境は全く変わらないわけで、ネットというのは本当に国境とか距離を感じさせなくするものである。まあ、上海は大阪からは飛行機で2時間程だから、北海道とかに行くのとそう変わらない距離なのであるが。
 帰ってきてもいつも通り(?)感想は書きそうにないので、備忘録的にざっと本日感じたことを。今日は初日だったので、結局空港から市内中心部のホテルに移動した後、人民広場~南京路~外灘という、ごく狭い範囲しか歩けなかった。明日以降は徐々に範囲を広げていきたいものである。
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・中国入国の際の健康チェックや審査は、非常に簡単だったのは拍子抜けだった。いまや感染が広まっている(?)地域からの便なのだから、もっと丁寧に厳しくやられて、時間がかかると思っていたのだが。まあ、早く終わってくれるのは、こちらとしてはありがたいわけだが。
・上海浦東空港は大変近代的できれいな建物。だが、ソフトが今一つなっていない。エアポートバスに乗ろうとしても、行き先の説明が分かりにくい、というか分からない。こちらは漢字が読めるのでなんとか判読出来たからよいが、漢字圏でない人はかなり困るのではないか。この辺はまだ発展途上なのだろうか。
・空港から市内に向かう道は、あちらこちらで工事がされており、また建設中のビルも多く、建設ラッシュである。これも来年2010年の万博に向けての対応だろうか。急ピッチで進んでいるという感じだが、その分今観光に来る人にとってはあまり好ましくない。川沿いに歴史的建物が並ぶ「外灘」地区など、観光名所である公園は工事のため半分閉鎖中、残った公園部分と建物の間の道路は工事中でフェンスが並んで、大変みにくい。
・万博関係のものは街中にたくさんあって、至る所に「あと何日」という電光掲示板や、キャラクターの人形などがみられる。そういうものの前で記念写真を撮る現地の人(あるいは中国国内からの観光客)も多いし、結構市民レベルでも盛り上がっているのかもしれない。
・その万博の計画地の様子が、「上海城市規劃展示館」で詳しく説明されていた。ここは英語名でUrban Planning Exhibition Center、つまり都市計画の博物館であり、その筋を専門にする身としてはなかなか面白かったのだが、何もない工場地帯に計画されたのかと思いきや、従前の航空写真をみると小さな住宅などが建ち並ぶ地域も入っていたのには驚いた。工場跡地を核としつつ、周りの住宅地もクリアランスしたということなのだろう。で、そうしてまっさらにされた土地に、海外のプランナーが自由に書いた絵が実現するのだから、今の日本では考えられないような話である。
・万博計画地以外も、街のあちらこちらがそんな感じでスクラップアンドビルトされている印象がするのだが、とはいえ一番中心の商店街「南京路」も、一歩裏道に入れば低層のごみごみした古い集合住宅が並ぶような街である。そういう意味では、幹線道路沿いなど、目に見える部分は新しい都市だが、その裏側はまだまだ古いままということなのかもしれない。私などからすれば、その裏側の方が面白いのであるが。
・そういえば、前述の展示館には、上海中心部をつくった巨大な模型(森ビルが東京でつくったようなもの)がおいてあるのだが、どの建物も真四角できれいにつくられ、周りには緑の木々が置かれていて、そういう“裏側”の雰囲気が感じられないようなつくりになっていた。また、CGでつくった街を360度の全面スクリーンでバーチャルにみせるというのもあったのだが、これも看板がなかったりごみごみした部分は完全にけずられていて、見た目としてはインパクトがあったものの、後で実際の街を歩いた時にはその違いに驚いてしまった。おそらく、ああいう裏のごみごみ感をなくしたいという、計画サイドの希望・願望が表れているのだろう。でも、模型やCGみたいな街になってしまったら、全然面白くないと思うのだが。
・とはいえ、中国の街に充満する“ごみごみ”した感じは、ある程度なんとかしてほしいと思うし、特に車の運転の荒さと人のマナーの悪さは、なんとか改善してほしいものだと思った。以前行った広州に比べればまだましな気もするが、それでも今日一日だけでも閉口するようなことが何度かあったし。

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2009年5月 6日 (水)

水郷から成田を旅する

 カシマスタジアムで観戦の後、潮来に泊まり、翌日は水郷地域と成田を回る。これまで住んだことのある茨城や千葉を「旅する」というのはちょっと変な感覚なのだが、今や関西在住なのだから、これはもう旅というしかないだろう。

 潮来では温泉宿に宿泊。褐色の温泉で、冷泉を熱しているもののようだが、なかなか温まって気持ちよい。試合観戦中は雨に降られてすっかり濡れて冷えていたのでなおさら気持ちよい。これは泊まって正解であった。冷えた体のまま渋滞を走るバスに揺られて2〜3時間我慢する必要もなく、試合終了1時間後には温泉につかってのんびり出来たのだから。温泉で温まった後は、宿近くの鰻専門店で鰻重を食す。身はほっこりと柔らかく、皮は香ばしく焼き上がっていて、大変美味しい。満足しつつも物足りないので続いて居酒屋へ足を運び、鹿島産のたこ(歯ごたえがあって味が深い)、生カキ(美味かったがどこ産だろう)、サザエの刺身(潮の香りとコリコリ感が絶妙)と、海産物を堪能する。
 翌日の朝は、名所のあやめ園付近を散策。もちろんまだ季節ではないのだが、少しばかりは咲いていて雰囲気を感じさせる。水路沿いを歩くのも気持ちよい。もっと天気のよい、花咲く季節ならもっと良いのだろうが、きっとそんな時期は大勢の観光客であふれかえって、ゆっくり歩けないに違いない。それにしても、GW中だというのにこの観光客の少なさはどうしたものか。お客よりも十二橋巡りの船への客引きをするおばさん達の方が多いと思えるくらいである。

Itako1 Itako2

 その後は電車に乗って千葉県に入り、佐原へ。以前から何度か車で通過はしていたのだが、ゆっくり歩いてみるのは初めてである。昔は家から近かった分、わざわざ行こうとは思えなかったのだろう。細い川の両側に古い建物が立ち並んで、なかなか良い雰囲気の街である。木造の建物のみならず、西欧風のモダン(と言ったのだろうか)な建物も合わせて並んでいるのがよい。川沿いを歩くのは大変のんびり出来たのだが、中心部に至ると街は観光客と車で混み合っており、店も昔ながらの…というよりは観光客を当て込んだ新しい飲食店や土産物屋も多くなって、残念ながら風情には欠けてしまう。ここで昼食をとろうと思っていたのだが、どの店も混んでいてすぐには入れそうになくて断念。観光客が来ないと街は成り立たないが、街の風情は大きく変わってしまうのであって、なかなか難しいところである。

Sawara1 Sawara2
Sawara3 Sawara4

 空腹のまま佐原を離れて、続いては成田へ。もちろん何度も通っている街だが、実は成田山には行ったことがなかったのである。20年も千葉に住んでいたのに、あんな有名なところに行ったことがないとは。駅前から続く門前の通りは、古い店・新しい店、飲食店や土産物屋から普通の商店までが混ざっていて、観光地というわけでもなく、かといって普通の街でもない、ちょっと不思議な光景にも感じられた。飲食店では鰻屋が多く、昨晩も食べた身としてはどうしたものかと思ったが、「うぞうすい」がある古い店があったので、そこで遅い昼食をとる。鰻のぞうすいというから、あの甘辛いタレ味かと思いきや、塩味でさっぱりと食べることが出来る。鰻の身自体はそう多くはないのだが、出汁には十分味わいが出ている感じ。美味しくいただいた後は、いよいよ成田山新勝寺の参拝。境内はかなり広く、本殿や塔の他に、美しい庭園もあって、言うなれば一つの「テーマパーク」である。門前町も含めて、じっくりのんびり回れば、半日から1日はゆうに過ごせそうで、そんな休日も楽しそうな気がする。

Narita1 Narita2
Narita3 Narita4

 といった感じで、これまで“近くて遠かった街”を回ったのだが、思った以上に面白かった。近くに住んでいた頃にもっと頻繁に足を運んでいればよかったと思う程である。今後も鹿島には年に何度か行くのだろうから、その度に立ち寄るというのも悪くないかもしれない。

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2009年5月 4日 (月)

東京おのぼりさん

 GWに東京方面へと旅行に出る。仕事以外でこうして関東に行くのは、大阪在住後初めてかもしれない。
 仕事の時は新幹線なのだが、GW中は回数券も使えないので、関空から飛行機で羽田へ(ビジネス客が少ないためか、ホテル付のパックが安かった)。周りのお客の多くも東京に観光に行く様子で、ガイドブックやらをみながらグループで盛り上がっている。仕事に向かう人々で無口な新幹線とは大違いである。単にGWだからだろうか?
 羽田からモノレールで浜松町へ行き、そこから本日の宿泊地&目的地である六本木まで歩くことにする。このあたりも久しく来ていないので、時間もあるし歩いてみようと思ったのである。芝増上寺の脇を抜けて東京タワーへ。まるで地方から来た観光客のようである。実際、周りを歩いているのは、観光とおぼしき日本人&外国人が多かったし。東京タワーの前を通ると、恐ろしいくらいの長蛇の列。こんなに混んだのはみたことがない。やはり高いところに登って東京全体をみようということだろうか。考えてみれば私は登ったことがないのだけれど。
 そのまま北に上がっていき、飯倉の交差点へ。このあたりは実に懐かしい場所で、かつて六本木ピットインというライブハウスがあった時には頻繁に来たのである。チケットを買うために昼から並び、ライブ当日も何時間も並んで待ったなど、本当にいろいろな思い出がある。実に懐かしい。しかし、六ピが入っていたビルは見事に建て替えられていて、真っ白なサービス・アパートメントになっている。隣や周りの建物は全く昔のままなのに(道を挟んだ中華料理屋も含めて)、当のビルだけが見事に新しい。違和感ばかりを覚えつつ、足早にその前を通り過ぎる。
 ホテルに荷物を置いた後(六本木に泊まるなど、その昔帰れなくなってカプセルに泊まって以来では?)、ミッドタウンを一通りみてから、本日の目的であるイベントライブをみつつ、合間に六本木ヒルズも歩き回る。どちらの施設も観光客とおぼしき人々で混み合っていて、特に六本木ヒルズの展望台には、東京タワー並みの長蛇の列である。今日は主立った観光施設は、どこもかしこも(私も含めて)“おのぼりさん”ばかりのようである。
 この2つの施設は、私が六本木に通っていた頃にはなかったので、これも違和感ありありなのだが、これらが出来て六本木の雰囲気が変わったのは間違いないだろう。文化度というか、デザイン度が高まったというか。入っている店もそれぞれ個性的であるし、どちらもまあよく出来た施設だとは思うが、どうしても「よくつくられた」という印象を持ってしまう。しかし、これら施設内での飲食物は高い!軽く食べて軽く飲んだだけで、大阪での外食の3倍くらいはするような印象である。
 ライブを堪能し食事をした後は、青山ブックセンターへ。ここも大学~大学院時代に足繁く通った場所。自宅からの通学路だったし、一人暮らしした後も前述の六ピや六本木バレンタイン(ここも一時期よく通った)に行った帰りに、ここや今はなき六本木WAVEでよく買い物をしたものである。当時は何がすごいかよく分からないままに通っていた気がするが。さすがに店内には観光客は少なく、昔ながらの落ち着いた雰囲気の中で、ゆっくりとマニアックな品揃えの本をみることが出来た。この店は本当にいつ来ても面白く、新しい発見があって、大変「提案力」がある店だと思う。品揃えの多い本屋は他にもあるが、ここくらい自己主張している店も少ないのでは。
 のんびりと本を眺めた後、酒でも飲もうと思って街を歩き回ったのだが、昔行ったことのある店はほとんどなくなっていて、新しい店はどうも入りにくく、結局ミッドタウン内のフードコートで軽くビールを飲んだ後(-2度に冷やすという、Extra Coldのハイネケンがあったので。普通のよりなめらかで美味しかった)、早々とホテルに戻ってしまった。歩いているうちに、この街の独特な雰囲気に少々疲れてしまったのである。日本人と外国人、客と店員・客引きが入り交じり、一種危ない雰囲気も感じられるような通りの風景に、こんなに疲れてしまうとは。昔はそんなことはなかったのだから、すっかり「東京」の人間ではなくなってしまったのかもしれない。とはいえ、全くの“観光客”気分で楽しむことも出来ないし、複雑な立場である。

Roppongi1 Roppongi2
(左:ホテルからの夜景、右:朝の景色)

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2008年12月 1日 (月)

いざ決戦の地へ

 悩みに悩んだ末に、やはり今週末のJ1最終節・札幌vs鹿島@札幌ドームに行くことにした。決断した理由としては、やはり優勝のシーンは現場でこの目で観ておきたいこと、先のホーム最終戦でのオリヴェイラ監督の言葉に感動してしまったこと、マイレージがたまっていてかつその特典で取れる飛行機がちょうど空いていたこと、抱えていた仕事の締切が偶然にも1週間延びたこと、などだろうか。これだけの要素が重なったのだから、もう行くしかないだろう。
 とはいえ、札幌はつい1ヶ月前に行ったばかりの場所。そういう意味では行くモチベーションは若干低いのだが、真冬へ向かいつつあるかの地を再び訪れるのも悪くないかなと。本当は、先の試合で優勝が決まっていれば言うことはなかったのであるが。
 行くのを迷った大きな理由として、地元・長居でセレッソの最終戦があることもあった。入れ替え戦への進出の可能性がまだ残された大事な試合。かつチームの功労者である森島の最終試合なのである。私自身は森島にそれほどの思い入れはないのだが、それでも彼のプレイはなぜか頭に残っている。前線で走り回ってここぞというところで点を決めるという印象。鹿島サポ的にはとにかくイヤな選手というイメージだし、日本代表を応援する立場からすれば大いに期待が持てる選手だった。2002年W杯のグループリーグ最終戦、彼のホームである長居で決めた先制ゴールのシーンなどは、鮮明に記憶している。
 真の意味でサポートしているチームと、今の居住地のホームチームと、どちらを選ぶか、実に難しい選択であった。前者を選べば(マイレージを使うとはいえ)多大な費用と長い時間がかかるのに対して、後者を選べば、チケットは招待券が1枚余っているし、なにしろ歩いていけるのだから、コストはほとんどかからない。が、ここまで大分戦磐田戦と追いかけてきたのだから、ここは最後までつきあうのが筋かなと。勝ちまたは引き分けで優勝が決まるとはいえ、去年のこともあるし、何が起こるか分からない。順調に勝てば何の問題もないが、もしも負けて優勝を逃すようなことがあった場合には、現地に行っていなければ後からものすごく後悔すると思うのだ。行けば勝っていたのではないか…と。そういう思いをしないようにするためにも、サポーターとして出来ることはやった上で、最後の試合に臨もうと考えたわけである。
 セレッソの方は、最終戦をきっちり勝って、仙台が試合を落とすのを信じるとして、入れ替え戦に進んだ時には「ホームチーム」として心から応援をしようと思う。

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2008年11月25日 (火)

大分で温泉・その2

 湯布院の宿も、おそらく10室くらいの小さな宿で、とても居心地のよいところであった。風呂は3カ所あって、いずれも1組が貸し切り状態で入る形なので、単身の私の場合は広い浴室や露天風呂を一人で占有出来て、贅沢な時間を味わうことが出来た。ここでも、着いてすぐ、夕食後、寝る前、そして翌朝、さらには出発前と、計5回も入浴。食事は地元産の鶏鍋がメインだったが、昨晩の宿同様に、変に豪華ではなく、無駄なメニューもついておらず、多すぎず少なすぎず、ちょうどよい質と量。こういう“わきまえた”感じが気持ちよい。湯布院は全体としてこういう感じの宿が多いようだが、その方が温泉宿の良さがあるようにも思える。
 翌日は湯布院を散策。まずは川沿いに金鱗湖まで歩いたのだが、途中の風景がよい。落ち着いた品のある街という雰囲気が感じられる。湖の近くになると観光客が多くなり、それまでの落ち着きは薄れてしまうのだが、湯布院のまちづくりの中心的存在という旅館「亀の井別館」が手がける一角は、品格があってとてもよい雰囲気である。地元の特産品・工芸品を売る店も質が高いし、喫茶店の店内のつくりも出てくるコーヒーも上質である。特に店内から眺める紅葉の美しいこと。窓が見事な位置にあって、切り取られた外の風景がまるで映画のワンシーンであるかのように写るのである。ここの風景が今回の旅行のベストシーンであった(あまりに良かったので写真も撮らなかった)。
 その後駅へ向かうべく、中心通りの湯の坪街道を歩くが、ここは見事に観光地化されていて、軽井沢か京都の嵐山かという感じで、品のない土産物屋が並んでいる。地元の特産品などを売る店もあるのだが、のぼりや看板が多すぎて、落ち着きというものが感じられない。ここは景観を整えるべく計画をつくっているということだが、これではなかなか調和した町並みにはなりそうにないなあ…と少々残念に思う。昼食を食べたそば屋など、なかなか良い店もあるのだが、全体としてはもう一度来たいと思えるふうではない。
Yufuin1 Yufuin2
(左:川沿いの風景、右:亀の井別館付近の様子)
Yufuin3 Yufuin4
(左:湯の坪街道、右:由布院駅舎)

 由布院駅(磯崎新設計ですな)から電車に乗って湯平駅で降りて、湯平温泉へと向かう。地図でみた時はせいぜい20-30分で歩ける距離だと思ったのだが、いざ歩いてみると坂道ということもあり、片道40分もかかるという。汗びっしょりになってひどい目にあったのだが、それでも訪れる価値のある街であった。石畳の細い坂道の両脇に旅館などが並ぶ街で、その雰囲気は非常に個性的である。道から一歩離れると、裏側には川が流れていて、また違った風景がみられる。そんな街の中に共同温泉が点在しているという、実に静かな風情ある温泉街であった。ここでは川沿いの共同温泉にさっと入って先程かいた汗を流し、そのまますぐに駅へ向かって出発。大分まで鈍行にてのんびり移動した後、特急−新幹線と乗り継いで、帰宅した。
 もう1泊出来るともっとのんびり街を観て歩けたのだろうし、出来れば同じ宿に2泊するとゆったりと出来たのだろうけども、まあ仕方がない。それでも、久しぶりに温泉に入れて、リラックスすることが出来たのはよかった。

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(湯平温泉の街並)
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(左:湯平温泉の川沿い、右:川沿いの共同温泉)

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2008年11月24日 (月)

大分で温泉・その1

 大分vs鹿島戦のついでに、別府→湯布院と、温泉巡りをして回った。大阪に引っ越して以降温泉というものに全く行っておらず、今回アメリカ出張などで疲れてもいたので、ここは思い切って温泉にゆっくりとつかろうと思ったのである。
 初日の宿は、別府八湯の一つ、明礬温泉というところ。別府の中でも一番山の方にある、小さな温泉街である。泊まった宿は湯治客を中心とした5室だけの宿で、温泉も二人が入ると一杯になる狭さだが、ここは湯がよいとのこと。酸性が非常に強くてPHの値は1~2程度、なめるとすっぱくて、皮膚の弱いところに若干しみてきて、目に入ると痛いほどである。しかも熱いので、長時間つかっていられるふうではないのだが、これがなかなかに気持ちよい。宿について1風呂、食後に1風呂、寝る前に1風呂、そして朝起き抜けに1風呂と、十二分に温泉を堪能した。ちなみに食事もシンプルながら味わいのあるもので、変に豪華で量の多いものより、よっぽどよかった。こういう小さなところの方が、本当の意味でのんびり出来る気がする。
 翌日は、鉄輪温泉まで降りて街を歩く。温泉らしい街の整備を進めているようで、石畳などを整えているのだが、残念ながら歩いている人は少なく、ほとんどの観光客は車で地獄巡りをしているようである。せっかく整備しても、お客の方の行動パターンが変わらないと意味も薄れそうな気がする。歩いて回る方が風情があってよいと思うのだが。ここでは、温泉の蒸気を利用した“むし湯”というのに入る。はじめは熱いが慣れてくるとそうでもなくて、適度に汗をかく感じで、高温のサウナなどと違って体にはよさそう。
 その後は別府駅へと行き、地物の魚などを使った定食を食べた後(魚も美味しかったが、鶏めしが実に美味)、再び温泉へ。竹瓦温泉という古い建物のところで、風呂場も昔風のつくり。お湯は普通な感じだったが、風情がなかなかよかった。
 また別府駅まで戻って、湯布院行きのバスに乗り込む。城島高原を越えていく道で、周りの風景はなかなかよさそうなのだが、あいにくの雨のためよく見えず。これで快晴だったら、実に気持ちよかったと思うのだが、残念。湯布院では、その日のうちに街を歩いておこうと思ったが、雨は続いており、さらに風もつよくなってきたので断念し、そのまま宿に入ってあとはのんびりと過ごす(以降その2へ)。
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(左:明礬温泉、右:鉄輪温泉)
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(左:鉄輪温泉のむし湯、右:竹瓦温泉)

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2008年9月20日 (土)

HIroshima Day 3

 広島3日目。午前中は広島市内を見学。街中を通って平和公園まで歩き、原爆の資料館へ。以前来た時よりも展示物が増えていて、見応えが増している。特に被害前後の爆心地付近の街の模型が印象的だった。多数の建物が建ち並んでいた地域が、一瞬で焼け野原になり、その跡地が平和公園になっているのが分かる。私が歩いた公園には、元々は多くの人が住み、多数の住宅があったわけで、その重みを改めて感じた。そこからの復興の道のりは、並大抵のことではなかったのだろう。
 続いて広島市民球場へ。広島−中日の3位をかけた重要な試合の前で、多くのファンが集まっていた。ここは今年でなくなってしまうということで、スタジアム好きとしてはぜひ一度入ってみたいところだが、さすがに全席売り切れである。仕方なく(?)、近くのビル内で昼食。広島ラーメンというのを食べたのだが、比較的こってりした醤油味だが、豚骨系ではなく、和歌山ラーメンに近いような印象。

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 その後はコトコトと市電で宮島へと向かう。昔来た覚えはあるのだが、こんなに観光地的なところだっただろうか。厳島神社を観た後、一歩裏に入って古い街並を眺める。飲食店と土産物屋が並び、観光地化されたメインロードとは違い、落ち着いた雰囲気がとてもよい。むしろ裏通りの方が、ある意味宮島らしいのではないか。こちらの良さを活かした方が面白い街になるのに…と思っていたら、町家を借りる形でとある大学のまちづくり拠点があったので、そういう取り組みも行われ始めているのだろうか。

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 見学の後は、名物の牡蠣を堪能。生ガキ一皿(5ケ)と焼ガキ一皿(5ケ)を頼む。生ガキも美味しかったのだが、それ以上に焼ガキが味わい深い。良い加減で熱が通っていて、味が活性化されているような感じ。あまりに美味しかったのでもう一皿を追加し、計15ケをたいらげる。帰路につくべく広島駅に向かうが、なんとなく物足りないので、新幹線の改札近くでお好み焼きを食べて、大いに満足して帰宅した。

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2008年9月19日 (金)

Hiroshima Day 2

 広島2日目。学会で発表した後、午後の空いた時間を使って西条を見て回る。酒の街で、古い酒蔵とちょっとモダンな建物とが並んで、なかなか良い雰囲気である。ちょっと街中を離れると、田んぼになって金色の稲穂が揺れているのも気持ちよい。遅い時間だったので酒蔵の見学は1カ所だけだったが、数種類を試飲するうちについつい酔ってしまう。立ち寄った喫茶店では、抹茶をいただいたのだが、お茶よりも出された(普通の)水の方が美味しかったのが不思議である。すっきりしているのだけれど、どこかに甘さも感じるような、実に素晴らしい味わい。

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 その後は学会委員会の懇親会。西条の酒蔵から12種類の日本酒が並び、端から飲み続けていったのだが、最終的には7種類目でタイムオーバー。全部を味わおうと思っていたのだが。ここで食べた料理も美味しくて、特に酒で煮るという美酒鍋(だったかな)が素敵な味。会話に時間を取られて、食事も酒も十分に楽しめなかったのが残念なくらい。
 懇親会終了後は、広島市内に戻って、河川敷に特例的につくられたオープンカフェで二次会。以前昼間に来たことがあるのだが、やはり川沿いの屋外という環境は気持ちよく、また夜の闇に灯りが映えてさらに気持ちよさを増している。その後もさらに三次会。広島の繁華街に行ったのだが、金曜ということもあってか、真夜中になっても人通りが実に多い。地方都市の繁華街は衰退傾向と聞いていたが、ここは全然そんなことはないようである。

Hiroshima_night Hiroshima_day

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2008年9月18日 (木)

Hiroshima Day 1

 建築学会のため、今日から広島に3日間滞在。
 初日は朝5時過ぎに家を出て、新幹線こだまでゆっくりと(とはいえ速度は速い)東広島まで。乗った車両はおそらく最初期のもので、昔ながらのデザインがなんだか落ち着く。座席も2列+2列でなんとなくゆったりとしているし、座り心地もよい。今の車両も機能的で悪くないけれども、古い車両の方が何か“人間的”な気がする。
 学会そのものの感想は、別途研究ブログで書くつもりなので省略。終了後は広島駅近くの郷土料理店で、現在進めている出版企画関係の懇親会。かき各種に釜飯と、広島の味を堪能。その後は2次会でお好み焼き屋へ。関西に来てからお好み焼きに少しうるさくなりつつあるのだが、広島のは麺が細くてかつカリカリに焼くので、関西風とはまた違った味わいでよい。

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2008年9月14日 (日)

夜行バスで帰ってみる

 鹿島で試合を観た後、実家に車を返して、夜中の東京駅へと向かう。大阪に帰るのに、一度夜行バスなるものを使ってみようと思ったのである。夜行バスはずいぶん昔に乗ったことはあるが、当時はまだ若く、かつ旅行目的だったので、今の状況で乗ってみて果たして「使える」ものであるのかを、試してみようという趣旨である。
 バスの席は3列式で、思ったよりも幅広で座りやすく、結構ゆったりと体を預けることが出来た。昔乗った2列+2列のバスや、飛行機とは格段の差である。そういえば、以前オーストラリアを旅行した時に、リクライニングが壊れた堅い座席のバスに、ほぼ24時間乗ったことがあったのを思い出す(アデレード-パース間)。あれは体力のある若い時分でもかなりつらかった。それに比べれば、実に快適な乗り心地で、普段は寝付きの悪い私もなんとか眠りにつくことは出来た。
 しかし、やはり8時間のバス移動は体に少々堪えた。眠れたとはいえ、浅い眠りだから心身の疲れは取れず、大阪に着いた時には体も頭もダルダルの状態。家に帰って、当初はそのまま掃除・洗濯など家事をするつもりだったのだが、さすがに仮眠をとってしまった。結果目覚めたのは昼過ぎであって、これならばもう1泊して朝の新幹線で帰っても変わらなかったに違いない。
 旅という非日常的な時間の中であれば、少々眠くても体がだるくても、とにかく「前に進もう」という気があるから、夜行バスや長距離の国際線を降りた後でも動けるのだろうが、日常的な出張の手段としてこの夜行バスを使うのは、(この年になっては)ちょっと無理という気がしてしまった。よっぽど切羽詰まっていて、睡眠の質と量を減らしてでも時間を有効活用しなければならないという状況でない限りは使えそうにない、というのが、今回試してみての素直な感想である。

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2008年8月 5日 (火)

北九州で食べたもの

 旅の楽しみといえば食、特に出張となればそれが唯一(?)の楽しみなわけだが、今回も1泊2日の限られた日程の中で、可能な範囲でいろいろと食べてみた。
 まず初日の昼は、時間もそれほどなかったので、ラーメンに。福岡ならではの、豚骨のエキスがたっぷりのもの。東京とか大阪でも博多ラーメンは食べられるが、こういう「骨を煮詰めた」的な、豚骨の“臭み”さえも感じさせる、濃厚トロトロ系のスープを出す店は、なかなかなかったりするのである。
 初日の夜は、仕事関係者との宴会で、和食の海鮮系の店。ここではイカの刺身が旨かった。さっきまで泳いでいたのをさばいたばかりという感じの、透き通って肉厚な身が絶品。実に歯ごたえがあり、味わいも深い。ゲソなど身以外の部分は、後で唐揚げと塩焼きで出てきて、こちらもまた旨かった。料理はその他にもいろいろ出たのだけれど、ほとんどこれしか覚えていないくらいの印象の強さ。
 2日目=最終日の朝は普通の朝食、昼も会議での弁当で、夜もそのままさくっと帰るつもりだったのだが、ふと目にした店に惹かれて、下関も近いということで河豚にしてみた。唐揚げ・ふぐ刺し・ふぐちりがセットになったもので、(おそらく)そう質の高いものではないのだろうが、ひさびさに食べる河豚はなかなかに味わい深かった。特にふぐ刺しのあの淡泊だが深みのある味というのは、なんとも言えないものがある。
 全くの休暇の旅であれば、また事前にきちんと店を調べて足を運んでいれば、もっと食を楽しめるのだろうが、出張中であればまあこんなところがせいぜいだろうか。

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2008年8月 4日 (月)

西日本に住むのを実感

 今日は九州・小倉への出張。関東に住んでいた頃は、九州出張といえばかなり遠くて時間も費用も要するものだったが、大阪に住んでみると、あまり遠いという感じではない。新幹線で新大阪から2時間ちょっと、東京に行くよりも近い。感覚的に言えば、東京よりも小一時間近いという印象で(実際はそんなに変わらないのだが)、一眠りしている間についてしまう感じである。。
 こうして九州までの距離が近くなってみて、改めて今は「西日本」に住んでいるということに気がついた。普段大阪に住んでいると、東京方面を向いていることが多いせいか、JRが「西日本」であることを除けば、西日本に住んでいるというのはあまり感じないのだが、こうして九州も近いし、中国地方もごく近く(相対的に言えば)、四国だって海を挟んで接しているのだから、まさに日本の西側にいるということだろう。
 そう考えてみると、大阪に住んでいるうちに、関西はもちろんのこと、西日本全般にも積極的に足を運んで、みるべきものを見ておく必要がありそうだ。日本の47都道府県のうち、私がまだ足を運んでいないところは、和歌山に鳥取・島根の中国勢、九州の長崎・宮崎と、西日本方面ばかり。いずれも東京から足を運ぶにはちょっと便の悪いところばかりで、だからこそ行けずに残ってしまったのだろう。いつまでこちらにいられるか分からないのだから、行けるうちに行っておかねばならない。

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2008年7月25日 (金)

特別が普通で日常に変わる

 本日も東京出張。この1週間で3回目の東京行きである。これだけ新幹線に乗っていると、旅行しているという気分はすっかりなくなり、単なる“通勤”に近いような印象になってしまう。
 昔、新幹線はある意味あこがれの乗り物、特別な存在だった。小さい頃は新幹線に乗るような遠出をすることはなく、少年時代は列車でいろいろと旅したものの新幹線は高嶺の花だった。初めて乗ったのは中学の修学旅行、高校・大学時代もそんなに乗っておらず、大学院になって学会や調査でようやく普通に乗れるようになり、仕事ではあったもののどこかで旅として楽しめていた部分はある。それが最近では月に数回、さらには週に数回という頻度になって、すっかり楽しめなくなってしまった。
 特別だったものがいつか普通に変わり、さらには日常的なものになっていく。行動半径が広がり異動が便利になる一方で、旅としての楽しみはいつしか薄れていってしまった。なにか寂しいような気がしてしまう。

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2008年7月17日 (木)

祇園祭の京都を歩く

 7月のこの時期、京都は祇園祭とのこと。祭りの存在自体は知っていたものの、関東にいる時は観に行こうなどとは思わなかったのだが、こうして関西に来て距離が近くなってみると、興味がわくから不思議である。
 今日の山鉾巡行が祭りのハイライトとのことだが、その前日である昨日京都に用事があったので、そのついでに祭りの街を歩いてみた。山鉾が街中のあちこちでお披露目されていて、そのうちのいくつかでは鉾に乗った子供(?)達によって囃子が奏でられている。山鉾と山鉾をつなぐ道の両側には、たくさんの屋台が並んで、多くの人が行き交っている。浴衣の人が多いのもよい雰囲気である。歩き回ったのは夕方くらいの時間だったので、提灯が灯って街を照らす様はみられなかったのだが、それでもなかなかの風情を感じることが出来た。
 普段の京都の街というのは、繁華街を除けば、若干“閉じて”いるような印象も受けるのだが、この日はとてもオープンで、山鉾の周りでは街の人達が見物客に明るく声をかけて縁起物を売っており、普段は閉ざされているであろう京町家の表が開かれて中がのぞけるようになっていたり、屋台以外の普段から街中にある店の多くも店先で様々な飲食物を売っていたりして、普段とはまた違った雰囲気であった。つい先日、7月の初めに京都の街歩きをしただけに(しかもちょうど同じあたり)、その違いにはちょっとばかり驚かされた。
 街中にはコンクリート造の高層の建物が増えており、おそらく昔の祭りの雰囲気とはかなり違ってきているのだろうが、それでも山鉾の周りには、祭りならではの華やかな雰囲気と、(おそらく)昔ながらのやり方で祭りを進める街の人達が集まる姿がみられて、ふと過去の京の姿が垣間見えたような気もした。
 祭りの背景・歴史や基礎知識を知ってからみると、もっと深く楽しめるのだろうが、関西1年生にとってはまずはこういう形で感じてみるのがよいのかもしれない。来年も関西にいるようなら、ぜひまた足を運んでみたい。

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2008年6月24日 (火)

後悔不先立、百聞不如一見

 EUROが小休止中で、久しぶりに普通の時間で生活が出来ているのだが、2週間に渡って毎日見続けてきて一種の習慣になっているだけに、何か寂しく、また逆に生活リズムが狂ってしまったような気もする。

 しかし、こうして観ていると、やはり去年の秋に現地に行っておけばよかった…と思ってしまう。当時考えていたのは、ドイツ・ミュンヘン→オーストリア・ザルツブルグ→スイス・チューリヒ→バーゼルというコース。で、ザルツブルグとバーゼルではサッカー観戦するつもりだったから、EURO会場の少なくとも2カ所はみられたわけで。バーゼルにいた中田浩二も帰ってきてしまったし、行くタイミングとしてはここしかなかったのかもしれない。
 TVで観戦するにしても、現地を観ているか観ていないかで、受ける印象は大きく異なる。スタジアムのつくりやスタンドの雰囲気、その周辺の街の状況などを一度味わっていれば、TVの画面に映らない部分も想像することが出来るし、現地をイメージすることでより臨場感ある観戦が楽しめるように思えるのだ。
 そういう意味で、EUROのTV観戦をより楽しくするためにも、行っておけばよかったなと。後悔先に立たずである。まあ、当時は今の仕事も決まっておらず、仕事が見つからなくて無職だったら、それこそEUROに行ってしまおうと思っていたので、仕方ないといえば仕方ないのであるが。

 とはいえ、今回出場した16カ国のうちの9カ国については、2002年・2006年のW杯でスタジアム観戦しているので、スタンドの雰囲気をなんとなくイメージ出来るのは、ありがたいことなのであるが。決勝トーナメントに残ったチームでもロシア以外は全て観ているし、うち4チームはドイツで観ているので、おそらく今回の雰囲気に近いものを目にしているのではないか。その他は日本または韓国なのでかなり雰囲気は違うと思うが、スペインについては「6月22日の準々決勝のPKのジンクス」(対韓国戦)を体感し悔しい思いをしているだけに、今回の勝利には感慨深いものがあった。
 サポーターの“応援”は試合中のスタジアムだけではなく、当日の街中あるいはその前の移動から始まっていることであって、その光景を実際に観ていると、TVに映っている観客の、客席に至るまでの行動までもイメージすることが出来ると思う。当日の朝から街の広場を占拠して盛り上がるオランダ、ビールをがぶ飲みして野太い声で歌い叫ぶドイツ、試合の前後はやけに陽気で試合中は真剣なイタリアなどなど、いくら文章や映像で観ても、あの雰囲気はなかなか伝わるものではない。まさに百聞は一見に如かず。W杯や欧州サッカーをわざわざ観に行くのは、試合というよりは、むしろその「周辺」を観に行っているという側面も強いわけで。

 などと考えると、2010年も行こうかななどと思ってしまうところが怖い。南アフリカだと、試合の「周辺」は危なくて楽しめなさそうな気がするのだが。

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(左:広場を占拠するオランダ@ニュルンベルグ、右:盛り上がるイタリア@カイザースラウテウン)
Germany Spain
(左:勝利を喜ぶドイツ@ベルリン、右:スペインの6/22PK戦@光州)

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2008年3月 7日 (金)

アメリカ渡航の雑感

 2週間弱のアメリカ出張から無事帰国。調査自体はまあうまくいったというところか。英語を読むのにはかなり慣れたが、聞き取るのはかなり抜けが多く、話すことについてはまだまだ。とはいえ、思っていたよりはなんとかなった感じ。
 今回の旅では、ピッツバーグ、ノースカロライナ州のシャーロットとグリーンズボロ、そしてボストンという、大きく3カ所を回ったのだが、それぞれの都市の印象は大きく違った。住みやすい都市と言われるらしいが、かつての鉄鋼の街としてのイメージを残しており、どことなく古くさびれた印象も受けたピッツバーグ。金融の街として近年成長を遂げており、新しさと活気がある一方で、若干きれいに整い過ぎた印象もあるシャーロット。緑の多い郊外型の住宅地に囲まれた、低密度の落ち着いた街であるグリーンズボロ。ほとんどイギリスとしか思えないような雰囲気で、歴史と伝統のある文化の街ボストン。それぞれに“アメリカ”というものの異なる側面をみせていたように思える。
 実際に行って見てみた印象は、ある意味事前に思っていた通りではあったが、私の頭の中にあった「アメリカ」とは、かの国の多様な要素を混ぜて創りだされた、一つの共通化されたイメージであって、個々の部分をみるとそれぞれに異なっているということが感じられた。まさに「United States」ということなのだろう。そういうあたりが実感出来たところが、今回の渡航の一番の収穫と言えるかもしれない。

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2008年2月23日 (土)

知ってるようで知らない国へ

 明日から2週間弱、アメリカへ調査出張へ出かける。これまでにアメリカへ足を踏み入れたことは一度もない。そこそこ海外に行っている身でありながら、この歳になるまで行ったことがないというのも、珍しいのではないか。
 今回はどうも期待よりも不安が多く、めずらしく旅に出たくない気分なのであるが。初めての渡航、危険や犯罪への不安、英語だけでのインタビュー、調査の準備不足、同行者との関係…など、いろいろな要因があるのだろうが、根本的には、アメリカという国に行きたいという気があまり起きてこないのである。

 多くの日本人がそうであるように、私も直接・間接に、アメリカからの多くの影響を受けていると言える。一昔・二昔前の、輝いていてあこがれの国だった時代、様々な文化・文物が入ってきた時代とは違うが、それでもアメリカから来た様々な物事に囲まれて、それらに接することで育ってきている。
 分かりやすいところでは、好きな音楽の多くはアメリカ発、あるいはアメリカに影響を受けたものだ。Jazz/Fusionというジャンルは完全にアメリカで生まれたものだし、やはりアメリカ生まれのRockはそれほど聴いていないし、いわゆる洋楽はほとんど聴かないのだが、日本のポップスのほとんどはアメリカの多大な影響を受けているわけで、間接的に“聴いている”と言えるのだろう。小説でも、中高時代に読みまくったSF分野の優れた作家の多くはアメリカ人だったし、いわゆる純文学だと読んでいるのは日本のものが多いが、その中にもアメリカ文学に影響された人は多い(村上春樹をはじめとして)。映画に至っては、観てきた作品のうちの多くは、おそらくアメリカ、特にハリウッドのものだろう。
 最近になってからは、Jazz/Fusionはあまり聴かなくなったし、SFもすっかり読まなくなったし、映画もいわゆるハリウッド作よりはミニシアター系を好むなど、アメリカ的なものからは離れてきているが、多感で影響を受けやすかった時期に最も接してきた海外の文化は、やはりアメリカのものだったと思う。
 仕事というか研究関係でも、都市計画の制度やその中での住民参加といえばまずはアメリカのものを学び、住宅関係でも政策的な面では市場主義のアメリカに学ぶ部分が多く、NPOなどの新しい取り組みもアメリカの情報を聞くことが多かった。

 だからこそ、かもしれないが、休暇で海外旅行に行こうと考える時に、アメリカはあまり候補先には浮かばなかった。アメリカの映像・文化・情報は日々の暮らしの中にあふれており、すでにいろいろと情報を得ているから、直接に行かなくてもよいのではないか、実際に行っても新たな発見は少ないのではないか、とどこかで思っていたのだろう。
 という面とともに、近年はどうもアメリカの印象がよくないのもある。9.11をきっかけとした一連の軍事行動や傲慢にも見えるアメリカ中心的な主張、経済至上主義で富めるものがますます富んでいくような格差社会の構造、多発する犯罪と複雑化する人種間の関係、などという情報をみると、あまり「良い」国とは思えなくなってきているように感じる。このような政治・社会の状況は、今の日本の状況にもほぼ通じているものであって、結局のところはアメリカ的なものをすでに日本で感じているから、行こうという気が起きないのかもしれない。
 しかし、アメリカを“知っている”と思っていても、そのもととなった情報は全てメディアを通じたものであって、実際に自分で見たものではない。“知っている”と思っていたものが、見てみると実は全く違っていたということもあるだろうし、見ることで間接的な知識がより深まる部分もあるだろう。逆に“知っている”通りだったとしても、それを確認出来るだけでも、意味のあることなのかもしれない。
 そういう意味では、今回は知っているようで実は全く知らない国への渡航であり、自分に大きな影響を及ぼしたものを実際に確かめるための旅ということも出来るだろうか。未知のものを求めにいく、これまでの旅とはちょっと違う意味を持つものになりそうだが、逆に何を確認出来るのかという点に、楽しみを見いだせればよいと思う。まあ、結局は仕事で行くので基本的に遊べないし、同行者がいて一人旅ではないので、文化とかまではあまり感じられないのだろうけども。

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2008年1月20日 (日)

冬の会津路へ・2日目

前日より続く)
 昨晩布団に入ったのは午前1時過ぎと遅かったが、朝の6時半にはきっちりと起きる。普段の生活ではなかなかすっきりとは起きられないのに(特に寒い冬の朝)、こういう旅先だと気持ちよく起きられるから不思議である。こんな時間に起きたのは、朝風呂をゆっくりと楽しもうと思ったからで、寝ぼけた頭のまま早速温泉へと足を運ぶ。
 朝風呂に選んだのは、この旅館でも一番古い浴室で、天然岩の浴槽の下から直接温泉が湧き出ているというもの。計3つの浴槽が並んでいて、それぞれ40数度・35度前後・30数度と温度の違うお湯に満たされている。一番熱いお湯に浸かった後、より温度の低いお湯で火照った体を冷やして、また熱いお湯に入る。おそらくそういう入り方をするのだろうと考えて、浴槽を行き来しつつ、なんだかんだで1時間程を過ごす。冷たいお湯にもつかっているから、上がった後も表面的にはそれほど汗はかかないのだが、体の芯は十二分に暖まっている感じで、実に気持ちがよい。
 和食バイキングの朝食を楽しんだ後、再び別の浴室へ。ここでも室内の熱い風呂と、ぬるめの露天風呂を行き来しながら、温泉を存分に楽しむ。これで昨日と合わせて、計7回の入浴である。2泊くらいしていれば、こんなに急いで回らなくてももっとのんびりと入れるだろうに、と残念に思いつつも、チェックアウトの時間にせき立てられるように風呂を後にし、そそくさと帰り支度をして、宿を出て会津若松駅行きのバスに乗り込む。
 駅でしばらく待った後、11:07発の快速に乗り、11:36に喜多方駅に到着。雪もちらつく寒い空気の中を歩き出すが、駅前には観光客の姿は少なく、街の人もあまりみかけず、実に静かな雰囲気である。しばらく歩いて市役所付近まで行くと、団体で歩く観光客の姿をみかけるようになる。つまり、個の時期に電車で来る人は少なく、ほとんどはバスか車で来るということなのだろうか。
 この街に来た目的の一つはラーメンだったので、まずは市役所近くの店に入る。澄んだ醤油味のスープに、太くて縮れた麺という、シンプルな喜多方ラーメン。普段はこってりとした味のラーメンが多い分、このシンプルさが逆に新鮮で美味しく感じる。その後は、街の北東部の蔵が集まっている地域へ。確かに蔵や古い建物は並んでいるのだが、間には普通の建物も多く、また面する道路が太い国道なものだから、若干風情というものには欠ける気がする。会津若松市内でも感じたことだが、街並みが十分に整備されていないことを残念に思いつつも、逆に古いものと今の建物とが普通に立ち並んでいる姿が、過度に観光地化されていなくて良いなとも感じる。ただ、一般の観光客にとっては、整った分かりやすい「古い街並み」みたいなのがよいのだろう。そのあたりのさじ加減をどうするのかは、なかなか難しいところなのかと。
 ごく普通の商店街だと思って歩いていると、ふとしたところに古い建物が残っていて、その辺の感じが面白い。特に目立つようにされているわけではなく、ごくごく普通にあるものだから、人によっては気づかずに通り過ぎてしまうのではないか、と思うくらい。でも、普通に商店として営業しているところも多くて、そういう日常感とレトロな雰囲気とが混ざり合っているところが、この街の面白さなのかもしれないとも思える。北の方にある「甲斐本家の屋敷蔵」というのも、家の裏側は入場料をとって公開しているのだけれど、道に面した店は普通に酒屋として営業していて、店内に立派な階段があったりするわけで。
 昼食から数時間が経ったので、もう1軒のラーメン屋へと入る。団体の観光客は広間のある建物の方に入っていくのだが、一人の私は昔からあると思われる狭いテーブル席の店内へ。隣の席は地元のおばあさんとお孫さんの組み合わせで、近くに住んでいる常連らしく、調理する店の人と会話しながらラーメンを楽しんでいる。ラーメン目当ての観光客が多い中、こうして普通の食事として食べにくる人もいるわけで、この辺でも「日常」と「観光」とが共存しているのだなあという印象を改めて受ける。
 食後には、酒蔵に立ち寄って味見をし、何銘柄も試したあげく今ひとつぴんと来る味のがなかったので(昔に来た時はすごく美味しいのがあったのだが)無難な3種詰め合わせを購入。お酒を飲んで体が暖まったのをよいことに、少し遠くまで足を伸ばして、「蔵の里」という移築された建物が並ぶところを見学。先の街中の建物とは異なり、ここのはあまりに整いすぎていて、逆に赴きに欠ける印象。どこまで手を入れて整備して、どこまでをそのままにしておくべきなのかと、(一応)建築系の人間としては、そんなことを考えたりもした。
 雪が降る寒い中を、漆器蔵の並ぶ地域を足早に通り過ぎて(なにせ寒すぎてゆっくり観る気も起きず)、駅へ。時間があったので、駅前のレンガ造りの喫茶店で珈琲を飲んだ後、15:51発の列車で喜多方を離れる。会津若松で乗り換えて、徐々に暗くなっていく雪景色の中を東へと向かい、17:38に郡山駅着。しばし待って18:15発の列車で黒磯19:17着、19:31発に乗り継いで、20:21に宇都宮着。
 この間、夕食に駅弁でも食べようと思ったのだが、黒磯では売っておらず、また列車もボックス型ではなく一列のシートで食べにくいということで、宇都宮で途中下車して夕食をとることに。駅ビル内の店で餃子を食べるが、どうも物足りなかったので駅前でもう一軒をはしごする。昼間はラーメンを2杯、夜は餃子を2人前×2回にビール付き、どう考えても太るとしか思えない。
 宇都宮21:15発に乗り、浦和22:26着、ここから南浦和−南流山と経由して、TXに乗り換えて、つくばにたどり着いて旅はようやく終わり。出発したのは昨日だったわけだが、列車内で過ごす時間が長く、車窓に移る風景を眺めながら様々なことを考え、列車を降りて街中を歩いてはいろいろなものを見て食べて、また宿でもたくさんの風呂を回ったので、やけに長く感じた2日間であった。鈍行での鉄道旅行の方が、新幹線などでさっと移動するよりも、中身が詰まった濃い旅が出来るのではないか、というふうにも思えてくる。

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(左:喜多方へ向かう列車の車窓、右:蔵の並ぶ街並み)

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(左:酒屋の店舗、右:酒蔵)

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2008年1月19日 (土)

冬の会津路へ・1日目

 残った2日分の青春18きっぷを使うべく、1泊2日で会津方面へ旅する。
 土浦8:01発の常磐線で、水戸に8:45着。9:23発の水郡線に乗り換えて、郡山まで約3時間鈍行列車に揺られる。途中の袋田駅までは観光客で結構混んでいたが、そこを過ぎると車内は地元の人中心で、すっかりローカル線の雰囲気である。冬の澄み切った空はどこまでも青く、雲一つない空の青さと山の枯れ木の白さのコントラストが美しい。そんな山の間を抜け、何度も川を渡って水面を右に左に観ながら、列車はゆっくりと走っていき、12:33に郡山に到着。
 12:43発の磐越西線・快速に乗り換えて会津若松まで向かうが、ここから車窓の景色が一変する。郡山を出てすぐに雪がちらつきはじめ、猪苗代湖にさしかかる頃には辺りは一面の銀世界。遠くに見える磐梯山も雪化粧をしていて、その白い姿が目にまぶしい。今年初めて観る雪景色を堪能しながら電車に揺られること1時間程、14:53に目的地・会津若松駅に到着。

 会津若松では、蔵や古い町家などの建物を見る。この街ではそういう建物は特定の地域に集まっているわけではなく、市内に広く分散しているので、雪のちらつく寒い中を歩き回る。個々の建物は雰囲気はよいのだが、その隣りにはごくごく普通の建物が建っていることが多く、街並みとしての面白さには若干欠けるのが残念ではある。その分変に観光地化しすぎていないという面もあるけれど。最後は鶴ヶ城に登った後、本日の宿泊地である東山温泉へバスで向かう。
 会津若松の奥座敷ともいえる位置にあり、古い歴史を持っている温泉であるが、この手の都市近郊温泉街の多くがそうであるように、今は若干沈滞気味であり、街としての活気には欠けていた。大きな宿にはお客は集まっているが、小さな宿にはほとんどお客はいない感じで、町中の商店の多くも閉まっている状況。かくいう私も、設備(具体的には風呂)の整った大きい宿を選んだわけだが、宿の中でゆっくりと過ごす人が多くなり、街中に出ていくことが少なくなったために、こういう街の雰囲気になってしまったのだろうか。
 今回の旅の目的の一つは温泉なので、宿に入るとまずは風呂へと向かう。夕食の前に館内2カ所の異なる風呂を回り、食事の後には露天もあるもう一つの風呂へ。さらには少し離れたところにある系列宿の展望風呂へも足を運び、最後に寝る前にもう一度風呂につかるという、温泉三昧の時間を過ごす。午後4時過ぎに宿に入り、眠りにつく午前1時までの9時間弱に、計5回の入浴である。滞在中の大半の時間を、風呂場で過ごしたと言っても過言ではないくらい。こうなると、部屋はほとんど寝るためだけの場所。広かろうが設備が整っていようが、ほとんど関係ないという感じである。(翌日へ続く)

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(左:会津若松市内の古い建物、右:東山温泉の風景)

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2007年12月23日 (日)

初心に返る電車旅

 天皇杯・準決勝を観戦するために、仙台へと旅に出る。普通なら新幹線でさっと行くところだが、今回はあえて普通列車で行くこととした。10年ぶりくらいの、青春18きっぷでの旅である。そもそも自分で行き先を考えて旅に出るようになったのは、この切符の存在が一つのきっかけであって、中学・高校時代は大垣夜行で関西方面に行ったり、3日くらいひたすら電車に乗って移動するだけの旅をしていた。さすがに今は車中泊のようなきつい旅には耐えられないだろうが、その頃の旅に対する思い、さらにはその頃の素直で純粋(だったと思いたい)な気持ちを思い出すべく、普通列車で行こうと思い立ったわけである。
 行きは、土浦8:01−水戸8:45/9:03−原ノ町12:11/12:25−仙台13:43というルート。約6時間の電車の旅である。久しぶりの普通列車旅行なので、さすがに途中で飽きると思って沢山の文庫本を持参したのだが、車窓から景色を見たり、物思いにふけったり、少しうとうとしているうちに、いつのまにか目的地であった。本もわずかに読んだだけ、思った以上に早かった。
 仙台スタジアムで観戦後、仙台駅前で夕食に寿司を堪能した後(新鮮で種類が多くて、しかも安い)、市郊外の秋保温泉へ。温泉宿に併設されたビジネスホテルのようなところで、3600円の宿泊費にポイント割引を使って2300円で宿泊。昔は5000円以上の宿になど泊まったことはなかったので、この辺も初心に返ってみた。しかし本館の温泉宿の豪華な風呂はつかり放題。お得である。
 翌日はチェックアウトまでゆっくりと温泉を楽しんで、秋保温泉を散歩した後、仙台駅まで戻って、今度は松島へ。ずいぶん昔に行った覚えがあるのだが、雰囲気は変わっていて、すっかり観光地となっていた。道には観光バスが並んでいて、そこから降りたツアー客が短い時間で観光や買い物を楽しむという感じ。あまり風情が感じられないのは残念だったが、一部空いている施設もあって、そこからゆっくり眺める松島の風景は、なかなかよいものであった。さすがは日本三景の一つである。
 食事では、軽い昼食として、生ガキとカキ殻焼きを堪能。以前九州でも焼きガキは食べたが、質も(値段も)違うし、素人の私は当たる恐れからついつい熱を通しすぎたのが、この日のは絶妙な熱の通り具合。プロの焼き具合はさすがである。帰りがけに、これまた仙台名物の牛タンをいただいて、食べるべきものは一通り楽しんだ。
 帰りは、松島海岸15:34−仙台16:08/16:15−原ノ町17:37/17:42−いわき19:08/19:15−水戸20:44/20:48−土浦21:37と、乗り換え時間もほとんどない状態でひたすら6時間車内で過ごす。さすがに外は暗くなり車窓を楽しめる状態ではなかったのだが、ぼおっとしたり、本を読んでいるうちに、ほとんど退屈もせずにたどりついてしまった。久しぶりなのでどうなるかと思ったが、昔取った杵柄か(?)、普通列車旅への耐性はまだまだ体に残っているようである。
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 こうして普通列車を乗り継いで旅するのは、普段の新幹線や飛行機での旅行とは大きく違う。後者では旅行者のための閉じた空間が高速で移動していき、その間の時間と空間とはすっかり省略されるわけであるが、前者の場合には出発地と到着地の時間と空間が連続的につながっている。旅人の乗った列車は、ゆっくりと地域を移動していき、途中途中で人々が乗り降りしていく。列車の中で動かない旅人から見れば自分のいる空間に地域の人を招き入れるわけだが、列車が通り抜ける地域の人からみれば自分達の空間に旅人を迎え入れるわけで、そんな両義的な空間を通じて、旅人の時間と地域人の時間が一瞬重なり合って、そしてまた別れていく。こんな感覚が実に面白い。普通列車ならではの、旅の醍醐味だろう。
 同時に普通列車に一人で乗っている時間は、自分自身と対話し、自分を見つめなおすよい機会にもなるわけで、そういう意味でも貴重なものだ。周りの景色を見て自分の現在地を確認し、周りの人を見て自分自身との違いをみつけ、また過去の自分を思い起こして自分の今の位置を考える。そういう時間をたっぷりとれるというのは、なかなか良いものである。仕事などの目的があり、短時間で移動しようとする旅では、こうはいかない。最近はついつい急いで旅しがちだが、年に数回はこういう旅の時間を持つことも必要だろう。青春18きっぷは5回分、まだ3回残っている。残りで今度はどこに行こうか。

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2007年9月22日 (土)

香港・マカオ・広州の旅 雑感

 中国南方の旅から無事帰宅。いろいろとあったが、期待した通り刺激的な旅であった。プライベートな旅行だったのだが、見てしまうのはついつい「都市」と「住宅」になってしまうので、半分は視察旅行みたいなものだ。まあ、それも私なりの旅の楽しみ方なのだろう。
 詳しい感想は後ほど書くとして(…と言いながら、5月のイタリア旅行もまだ書いてないのだが)、回った3都市の雑感を取り急ぎ書いておくこととしよう。
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【香港】
 数十階の高層建物が、所狭しと立ち並ぶ。道を歩いていると、足下と頭の真上以外の全ての方向を建物が取り囲んでいて、これまで見たこともない景色が広がる。これだけ高密度な都市は初めてである。日照規制(室内に一定時間以上の日照が入らなければならないという規制)と建ぺい率(敷地のうちどの程度を空地にすべきという基準)をなくしてしまえば、東京もあんなふうになるのだろうか。その分、湾岸や公園での空の広がり方が気持ちよいわけであるが。
 街自体にもそこで暮らす人々にも大いに活気があって、街をただ歩いているだけでも十分楽しい。古い街並みと近代的なランドスケープ、巨大な建物と雑多な品々とが、街の中で複雑に入り交じっていて、マクロな視点で見てもミクロな視点で見ても、至る所に驚きや発見があるという感じ。何日いても飽きない街なのでは。

【マカオ】
 ポルトガル統治時代のヨーロッパ的な建物と、中国的な雑然とした街並みという、全く違う表情が一つになっている都市という感じだろうか。とはいえ、香港のような高密で混沌とした空間というわけではなく、ある種の調和が取れている印象がある。その辺は、ベースのデザインがポルトガルによってつくられているからであろうか。圧迫感を強く感じる香港と違って、あくまでもヒューマンスケールの街で、歩いていてとても落ち着ける。
 しかし、近年開発が進んでいる巨大で豪華なホテル群は、そのような調和をほとんど考えることなくつくられていて、街の様相を大きく変えている。外側に向かって偉容を誇り景観を乱す一方で、建物の中に全く新しい空間をつくりだしていて、その機能は完全に内側で閉じられていて周囲とつながることがない。こういう開発が続くと、マカオならではの面白さは失われていくような気がしてならない。

【広州】
 片道何車線もある道路を多数の車が走り、巨大なオフィスビルやマンションがどんどん開発されていて、中心街では夜中になっても多くの人々が集まって買い物を楽しんでいる。これが社会主義の国なのか…と少々驚いた。これが社会主義なら、資本主義の社会と何が違うというのだろうか。
 とはいえ、一歩裏道に入ると、ずいぶん昔に建てられた様子の集合住宅に挟まれた道路で、住民達が椅子に座って涼んでいたり、食事をしていたり、何かのゲームに興じているという、我々が中国的だなあと思うような光景が随所でみられる。表通りと裏通り、このあたりのコントラストがなかなか面白い。
 ただ香港以上に混沌感は強くて、気持ちよく歩けるという感じではない。街の雰囲気にこちらが慣れていないからだと思ったが、街中にはきれいに整備された大きな公園がいくつもあり、そこに多くの人が集まって朝から夕方までくつろいでいたから、現地の人々にとっても街中はあまり落ち着かないのかもしれない。
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 ちなみに、今回の旅行でイミグレーションを通過したのは計5回。今は一応同じ国でありながら、社会の仕組みはそれぞれに異なり、別の「国」として機能しているこの3都市。似たようでいて、それぞれに違った個性を持つ都市を見ることが出来て、なかなか楽しい旅であった。

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2007年9月15日 (土)

明日から旅行

 先日のブログにも書いたが、明日から遅い夏休みを取っての旅行である。いろいろ考えた末に決めた旅程は、中国・広州から入国して、香港に向かい、マカオを回って、また広州に戻って帰国というコース。香港はあの超高密度な都市空間を一度みてみたかったし、マカオは近年急激にリゾート開発が進んでいるらしい。広州も経済的に発展している都市である。落ち着いたところでのんびりと…ではなく、逆に活気のあるところに行くことにしたわけだが、その分刺激と元気が大いに得られるものと期待したい。もちろん食べ物も楽しみ。香港には多種多様な店があるし、また「食は広州にあり」と言われる街である。どんな美味しいものが食べられるのか。
 当初はパソコンを持参して現地からブログも更新…と思ったが、プライベートな休暇なので仕事関係のメールを読みたくないし、もちろん仕事もしたくないので、考えに考えたすえ持参しないことにした。持っていくとどうしてもメールを読んで返事をしてしまうし、空いた時間で仕事をしてしまいそうなので。旅行の間はメールもWEBも見られなくなり、連絡も取れなくなるが、休暇なのだから一旦社会から「消えて」もまあいいだろう。ということで、1週間は連絡が取れなくなりますので、もしこの間に連絡を取る必要がある方がいましたら、どうかお許しを(と書いたところで、仕事関係の人はここは見ていないとは思うが)。

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2007年9月 9日 (日)

不採用旅程の備忘録

 昨日の続きになるが、考えたけれどもあえなく不採用となった旅程が、このまま消えてしまうのももったいないので、ここに書いておこうと思う。いずれまたこういう旅を考えることもあるかもしれないので。
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 まず最初に考えたのは、ドイツ・ミュンヘン行き。9月下旬からのオクトーバーフェスト、ビール好きにとって夢のようなこのイベントに、ぜひ行ってみたかったのである。これにサッカーを組み合わせて考えたのが、9月最終週のこんな旅程。
  ドイツ・ミュンヘンIN(オクトーバーフェスト)
  →オーストリア・ザルツブルグ(宮本・三都主を観る)
  →スイス・チューリヒ→バーゼル(中田浩を観る)OUT
 心ゆくまでビールを飲んで、古都を訪れて、山国を横断する鉄道旅行を楽しんで、あまり情報の伝わってこない日本選手の海外リーグでの活躍をこの目でみられる、3カ国の周遊旅行。このアイデアはかなり気に入ったのだが、飛行機の空きがなかなかないのと、最終週が休みにくくなったので、仕方なく却下。
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 続いて8月最終日のチャンピオンズリーグ・グループリーグ組み合わせを見て考えたのが、スペインのサッカー紀行。9月中旬のレアル・マドリーとバルセロナのグループリーグ初戦を2日続けてみるというもの。マドリードは行ったことないし、バルセロナは前回見逃したものがあるのでちょうどよい。
 で、これは一時本気になり、チケット手配業者に問い合わせてチケット+ホテルは確保可能なのを確認後、ネットでちょうどよい飛行機の便をみつけて申し込むも、連絡ついた時点ではすでに空席はなし。諦めきれずネットでいろいろ探して、ビルバオIN−マドリード−バルセロナOUTの旅程で空席をみつける。これだと、グッゲンハイム美術館建設などで都市改造が進むビルバオがみられるし、さらにはリーガのビルバオ戦もホームで観戦可能。かなり行きたくなったのだが、なんだかんだで費用は50万円を超えてしまいそうなので、5月にイタリアに行っているしさすがに厳しいなということで、諦める。
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 ちょうどこの時期に、共同研究をしている人達が調査でアメリカに行くので、これに一部同行しつつ旅行することも考える。調査日程当初のサンフランシスコ近辺か、調査日程最後のシカゴのみ合流する案。アメリカなら航空券はなぜか空き空きで比較的安く取れるのだが、ガイドブックなどをみてもどうも行く気が起きない。仕事がらみというのもなんだし。アメリカで行きたいのはニューヨークだがこちらは結構一杯で席がなく、また上記研究プロジェクトで行く冬調査には私も同行する予定なので、まあその時でよいだろうと思って却下。
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 アメリカ行きの航空券を調べていた時になにげなく試してしまったのが、ブラジル行きの便。私にとっては音楽とサッカーの国、一生のうちに一度は行きたい、あこがれの場所である。で、これが空席があって、しかもヨーロッパ行きよりも安い。かつ2つの連休+夏休みを組み合わせれば、片道数十時間かかっても現地に6日近くいられるという。これもかなりひかれたが、さすがに長時間のフライトは厳しいのと、そもそもビザが必要で取得に1週間はかかるということで、あえなく断念。しかしブラジルがあんな値段で行けるとは知らなかった。
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 あと考えられるのは、年内に使うべきマイルを使っての、日本近辺の海外旅行。行ける範囲は限られているので、グアムに行ってそこから離島まで足を伸ばすかとか、フィリピン・マニラに行ってメトロマニアの都市の後どこかリゾート地でのんびりするかと考えたのだが、マリンスポーツをやらない私が海に行ってもやることないし、そもそも一人でリゾートに行くのはちょっと哀しいので、やめることに。
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 で、最終的に残ったのが、今回実際に行く案である。と書くと残り物のようにも思えてくるが、残り物には福があるともいうし、熟考に熟考を重ねた上で残ったのだからある意味厳選されているわけで、良いプランなのでしょう、きっと。

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2007年9月 8日 (土)

旅程づくりの愉しみと苦しみ

 旅行に行くことは楽しいけれども、旅程を考えてつくることも同等かそれ以上に楽しい。行き先を決めて、どういうルートを通るかを考えて、何を見るか…を机上で考えている時間の方が、旅に出ている時間よりも充実しているのかもしれない。旅に出る前に旅先での出来事を十二分にシミュレーションして、旅程や持ち物を熟考した上で、実際に旅に出るのだから、ある意味旅自体は事前に考えたことを「追体験」することとも言えるのであって。もちろん、机上で考えたこと以上のものが現地で得られるからこそ、我々は旅に出るのであるが。
 とはいえ、旅程づくりは楽しいことばかりというわけでもない。ある意味、つらく苦しい作業でもある。ある目的地を決めてしまえば、その他のところには行けなくなる。あるルートを決めてしまえば、別のルートは通れなくなる。無限の行き先と多数の希望の中から、限られた日程・限られた費用という制約の元で取捨選択する作業。旅行づくりは楽しい創造的な行為である一方で、他にありうる可能性を切り捨てていく“破壊”的な面もあるといえるだろう。
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 などということを書いたのは、ここしばらくでこの愉しみと苦しみを大いに味わったから。3日間の夏休みを9月終わりまでにとらねばならず、どうせとるなら中旬の連休に合わせて取った方が効率的。とそこまではよかったのだが、どこにどうやって行くかで大いに悩んだ。なにせ7〜8月はいろいろと忙しく、本格的に旅程の検討に入ったのは9月に入ってから。予約申込のタイムリミットが迫る中で、出来るだけ良い旅をつくりたい。これはなかなかに大変な作業である。もっと早めに取り組んでおけばよかったのだが、忙しく余裕のない時には旅行のことはなかなか考えられない。旅の検討には時間と気力が結構かかるのだ。
 自分の中でいろいろな要求があるのも大きな問題。せっかくの長い休みなのだから遠くへ行きたいけれども、移動で時間と体力を費やしてしまうのは避けたい。心身ともに疲れているのでのんびりしたいと思う一方で、この機会に普段見られない場所をみておきたいとも思う。美しい自然の中で癒されたいけれども、個性ある都市の空間や活気も感じたい。サッカーはぜひ見たいのだが、それほどサッカーにこだわらなくてもよいとも思う。また、この際思い切ってお金をかけるか、適度な予算に収めるかという、経済的な部分もある。相反する要求の間で何を選び、何を捨てるか。旅行に出る際は毎回悩むことなのであるが、今回もなかなか決めきれず苦労した。この際旅行を取りやめた方がよっぽど楽になるのではないかとすら思ったほどである。
 などといろいろな苦労をしても、決めた後に別の行き先・別のルートの方がよかったかなあなどと思っても、実際に旅に出てみれば目の前の風景や出来事に心奪われてしまい、そんな苦労や疑問は(だいたい)忘れてしまうのだけれども。旅というのは、つくる過程でいくら考えても悩んでも、一旦決めてしまって前に進んでしまえば、結局のところ満足出来てしまうものなのかもしれない。これまでに行って後悔した旅先というところはなかったし、つらい思いや不満はあってもそれも含めて思い出になるわけで。
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 で、今回は最終的に、今年中で期限の切れるマイレージを使って、そう遠くはない海外に行き、まだ行ったことのない複数の都市をはしごするプランに決定。今回の渡航で、東アジアの地域の国々には(北朝鮮を除けば)全て行ったことになるのではないか。さてどんな街と体験が待っているか、若干の不安もあるが楽しみである。

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2007年9月 1日 (土)

夏の終わりの多忙な1週間

 今週は仕事の締切や出張などが続いて結構忙しい1週間だった。備忘録がわりにざっと振り返ることとしよう。
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 先週末から月曜にかけては締切間際の原稿書きに追われる。冷房の効かないオフィスで暑さにうだりながらも、なんとか作業をこなす。若干納得いかない点もあるが、あとでまた考えて校正で直すつもりで、月曜に提出。
 その月曜の夜は、地元で活動するNPO関係での取材対応と、とある案件の話し合い。研究がらみの話ではあるが、本業としてよりも、こうして一市民として活動している方が楽だし面白い。やっていること自体はほとんど同じなのに、こうも感じ方が違うとは。
 火曜の午後は、翌日朝からの学会のために羽田空港から福岡へ。ここ数年はなんだかんだで毎年一度は福岡に行っているので、改めて観るものもないかなあ…と思いつつ、現地のエンタメ情報を調べると、なんとGANGA ZUMBAのライブがあるではないですか。これは行くしかないだろうということで、会場のIMSホールへ。この歳になるとオールスタンディングは少々つらいので、会場一番後ろで壁に寄りかかってみていたのだが、熱い演奏にあおられてついつい盛り上がってしまい、結局周りとともに踊りまくる始末。最近は複数のアーティストが出るイベント的なライブしか観ていなかったので、1つのアーティストだけで最後まで楽しめるか不安にも思ったのだけれど、そんな心配は全くの杞憂。素晴らしいバンドサウンドに酔いしれた2時間であった。あまりに気分が良かったので、終演後はもつ鍋&ビールにラーメンを一人ではしご。摂取カロリー分くらいはライブで消費して±0だろうと思いたいところだが。
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 翌日からは建築学会の大会に通う。これまでの学会では、途中少し外出して現地見学などをするところなのだが、今年はまじめにきっちり3日間朝から通う。興味のある発表やシンポが多かったのも理由の一つだが、初心に戻ってきっちり聞いて自分の「立ち位置」を見直してみようと思ったので。細かい感想はいずれ別ブログで書くつもりだが、結果的には立ち位置は今一つつかめず。関心&関連ある分野は多岐に渡り、いろいろなところを渡り歩いているので、どの分野の会場に行っても「アウェイ」な印象なのである。こここそがホームグラウンドと感じられるところがない、懇親会でも明確に"ファミリー"だといえるグループがあるわけではないので、「"ホーム"レス」というか「根なし草」というか、そういう気分になってしまう。まあ、境界的なことを狙ってやっている以上、ある種の孤独感には耐えなければならないのだろうが。などと言いつつも、若手研究者の懇親会で久しぶりに/初めてお会いした方々との会話は楽しかったし、全体の懇親会での諸先生方のお話も面白かったのだけれど。
 ちなみに夕食であるが、初日は海鮮系の居酒屋で刺身などを堪能した後長浜ラーメンで締め、翌日は懇親会でのパーティ食の後に居酒屋で地元の方の薦めるつまみに再度もつ鍋を、最終日は水たきを定食形式で楽しんだ後に博多ラーメンを食べ満腹状態で帰路の飛行機に乗る、といった様子。十分満足だが、カロリーがかなり心配なところ。
***
 土曜も研究がらみのシンポジウムへ。NPO等の行う市民活動の報告会で、学会がまだ続いているような感じではあるが、研究発表を聞いているよりよっぽど面白い。研究より進んだ新しいことをやっているし、何らかの形で実際に社会を変えようとしていて、完全に研究の方が"遅れて"いるなと。この差はどこから生まれるのか、ここはきっちり考える必要がありそうである。シンポ終了後は懇親会で、昨日までに引き続いてまたまた食べて飲む。
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 という感じで、多量のカロリーとともに、様々な新しい情報を取り入れることの出来た1週間だった。今後は取り入れたものを自分の中できっちりと消化して、エネルギーとして燃やして、外に出していくことが必要。でないと、無駄に知識と脂肪がたまっていき、身動きがとれなくなりそうな。頭も体も、メタボにならないようにしなければ。

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2007年5月 8日 (火)

イタリア旅行雑感

 昨日無事帰国。5泊7日の初のイタリア旅行。詳しい感想は以後書くとして、雑感を思いつくままに。
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○欧州には過去3回行っているが(トルコは除く)、なぜかいずれもANA便。日本の航空会社だと海外旅行感には欠けるのだが、機内で映画や音楽が気軽に楽しめるのはありがたい。おかげで10数時間の飛行もほとんど飽きることなく過ごせた。もっとみたい映画もあったので、ある意味時間が足りないほど。
○現地にいたのは実質5日。贅沢な話ではあるが、ちょっと短い。最初2日間は初めての国に慣れるのに時間がかかり,最後の1〜2日は帰ることを考えつつ動いたので、自然に楽しめたのは真ん中の2日程。しかも直前まで忙しかったせいで、当初は旅行に必要な「オープン」なマインドにどうも欠けていたし。
○まあ、回った街の特性もあるのだろうが。最初の2日はミラノ。慣れてない状況で、大都市ならではの緊張感と混沌さにちょっと振り回された感じ。続いてが小都市ヴェローナ、ここが環境的にも落ち着いていて、一番楽しめた。1泊しかしなかったのがもったいないくらい。最後は大観光地ヴェネチアで、もちろん面白かったものの、人の多さとものの値段の高さに若干閉口。
○おかげで旅の最大の楽しみの一つ、食事も今ひとつ楽しめなかった。ミラノでは慣れないのと時間がなかったので、ほとんどセルフサービスで済ませたのが残念。ヴェネチアは価格が高いので安いセットメニューとしたが、その分面白さには欠けた。食事の点でもヴェローナが最高で、シンプルな地元料理の店で食べたトマトソース・スパゲッティ(トマトが実に甘い)と肉とキノコのソテー(キノコが絶品)は実に美味かった。ただ、全体としては、パスタは日本のものの方がきりっとしていたよかった気が。普通の店で食べたせいだとは思うが。
○最大の目的といえば、なんといってもCL準決勝だが、これは文句なく凄かった。スタジアムの雰囲気の素晴らしさはもちろんのこと、試合内容もミランはほぼ完璧であった。第1戦で追い込まれたチームが、サポーターの声援を得て見事な勝ちを見せたのだから、盛り上がらないはずがない。本当に素晴らしい体験。
○本業の観点で言えば、歴史のある街並みをみられたことは収穫。ドイツやイギリスより、さらに「古さ」の度合いが強いというか。その分若干古ぼけて見えて、街全体も少しくすんだ感じではあるのだが、それはそれで面白かった。歴史の重み、というやつでしょうか。
○歴史の重みという意味では、美術館でみた絵画も印象的。とにかくひたすら宗教画が続く。モチーフは基本的に変わらず、構図なども大きく変わることなく、千年以上も描き続けられているのだから、圧倒される。ようやくここ数百年で風景画や肖像画が出て来て、20世紀になって一気に現代美術としてスタイルが拡散する様子が、美術館内を歩く中で実感出来たのも面白かった。
○こういうのをみると、宗教というもの、伝統というものの重みは凄いなと。何かの時に確実に頼れるもの・すがれるものがある一方で、それが制約になること・重荷になることもあるのだろう。また、街並みにしろ、芸術にしろ、結局のところは「権力」がつくりだしたもので、それが強大であったからこそ、今まで残り続けているのだということも感じた。長年にわたってある意味上から押し付けられていたから、それが当然のことになってそのまま続いている面もあるのだろうし、また権力者が金に糸目をつけずにつくったおかげで質の高いものが出来た側面もあるわけで。良い街・良い芸術を生み出すには、ある意味「権力」は不可欠なのかもしれないな、とも。
○そういう「歴史」「権力」の重みへの反動から、最近百数十年で一気に個人主義・自由主義に走るというのも分かるような気がした。ああいう重いものに囲まれた社会だと、逃げたくもなるのだろう。とはいえ、実際に欧州を離れた人達によって建国された、アメリカ的な超個人的成果主義の社会というのも、ちょっと変な気がするが。その辺を考える意味でも、一度「アメリカ」には行った方がよいかもしれないな、などということを、なぜかイタリアの地で考えた。
○個人を活かしつつ、社会全体としても一体性・整合性を持ちながら、うまく成り立つ社会はないものか、などとも思う。これって今回の主目的、サッカーの一つの根源的なテーマだったりもする。「個人」と「組織」の高次元での融合。今回のCLの試合では、その一端をみられたような気も。チームのプレイはもちろんのこと、スタジアムで応援するサポーターの声援も含めて。

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2007年5月 2日 (水)

Italy Day2: MILANO

 イタリア旅行2日目。今日から本格的に旅行開始である。しかし天候は曇りで、いまにも雨が降りそうな様子。とはいえホテルにいるわけにもいかないので、朝から歩き始める。駅からのメインロードを歩き、公園を通り抜けながら、市街中心部へ。街中には古い建物が多く、重厚な雰囲気で、なかなか興味深い。まだ人通りの少ない道を歩いて、まずはドゥオーモ前の広場へ。繊細なつくりのドゥオーモの建物に感動しつつ、雨が降り出したので、すぐ隣のガレリアへ。屋根があるので雨でも落ち着いていられるのがありがたい。まだ朝方なので人は少ないが、(おそらく)イギリスから来たアナウンサーが実況中継(?)をしていたり、土産物屋にはCL関係のグッズが並ぶなど、街もすでに今晩の試合に向けて動きつつある様子。

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(左:広場からドゥオーモを眺める 右:ガレリアの内部)

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(左:実況中の英アナウンサー 右:ミランの旗が目立つ土産物屋)

 そうこうしているうちにも雨は激しくなる一方で、さすがに街歩きは難しくなったので、ブレラ絵画館へ。1400年代からの宗教画が多数飾られた美術館で、その質と量に圧倒される。宗教画の多くは聖書の場面を描いたものであるから、描かれた人物や情景は基本的には変わらない。ある意味で同じモチーフが、何百年にも渡って描き続けられており、それでいて時代によって微妙に構図や技法が変わっていっているのが興味深い。絵画の歴史的な変遷が多数をみることで身をもって感じられるかのようである。
 一旦ガレリアまで戻ると、徐々に人が増えており、TVがミランサポの取材をしているなど、両軍サポーターの姿も目立つようになってくる。相変わらず雨はひどく、歩き回るのはきついため、トラムに乗って南のティチネーゼ門方面まで足を伸ばす。この付近には古い協会があり、またACミランのオフィシャルショップもある。市場をみられたのも楽しかった。
 トラムで再びガレリアまで戻り、ガレリア内のセルフサービスのレストランで昼食。パスタとリゾットの前菜に、マグロのソテーの主菜、それに白ワインという組み合わせ。観光客向けの安い食堂だと思うが、マグロのソテーはなかなか美味しかった。ワインは安い割にきりっとしていてよい。さすが本場である。

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(左:ブレラ絵画館の中庭 右:絵画館近くの小道)
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(左:取材を受けるミランサポ 右:ティチネーゼ門)

 昼食の後はスカラ座へ。客席が見学出来るのは午後からだったので、午後一番に入館。上映されたオペラで使われた衣装や装飾品、楽器等を見学した後、いよいよ目当ての劇場内へ。ロビーからして豪華で優雅なつくりなのだが、そこから2階のテラス席に入るとさらに素晴らしい光景が広がる。薄暗い中に並ぶ座席の赤さが美しく、また4〜5階まで高く続くテラス席がホールをぐるっと取り囲む様は、日本のホールではなかなかみられないものだろう。テラス席を彩る装飾も見事で、技が実に細かい。普段オペラなどには興味はないのだが、こういうホールならぜひ一度見てみたいと思わせるものがある。写真撮影が出来なかったのが非常に残念。

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(左:ミラノ座の全景 右:今シーズンの演目を記した看板)

 引き続いて近くにあるポルディ・ペッツォーリ美術館へ。貴族の邸宅をそのまま用いた美術館ということで、展示されている絵画や装飾品も興味深いのだが、それ以上に邸宅自体が興味深い。展示物をみるよりも、こういう家の中でどういう生活をしていたのだろうか?と考えてしまい、これだけ豪華だとあんまりくつろげないよなあ…などとつまらないことを思いつつ見て回る。
 雨が止まったのでその後は街を歩きつつ、レオナルド・ダ・ヴィンチ科学技術博物館へ。「最後の晩餐」のレプリカがあったり、ダ・ヴィンチ発明の様々な機械の模型があったりして、なかなか面白い。その他にも、様々な科学技術の展示があって、東京で言えば、北の丸の科学技術館と(旧)万世橋の交通博物館を合わせたようなところだろうか。理系人間としてはかなり興味深いものであった。

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(左:ポルディ・ペッツォーリ美術館外観 右:ダ・ヴィンチ科学技術博物館の回廊)

 博物館を出ると、雨はすっかり上がって青空が見えてくる。このタイミングでいくしかないだろう、ということで、ドゥオーモに向かう。広場近くのバールではマンUサポが集まって気勢を上げており、広場にも両軍サポーターが集まって来ていて、すっかりCLモードになっているのが楽しい。ドゥオーモ裏のスポーツショップでも、対決ムードを盛り上げているし。

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(左:バール前にたむろするマンUサポ 右:両軍のユニが並ぶスポーツ店)

 CLの雰囲気を横目に見ながら、ドゥオーモに登る。青い空にそびえ立つ白い尖塔が美しい。下から見ている時は屋根の上まで登れるとは思っていなかったのだが、こういう光景が広がっているとは。多数の塔が並ぶ中を歩いて行くのは実に気持ちがよく、また塔の間から眺めるミラノの街並もとても美しい。これだけ高い建物が建ち並んだ現代でもこんなに美しく感じられるのだから、建設された当時はそれこそ「天上の楽園」のように見えたのではないか。宗教建築というのは、奥が深い。

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(ドゥオーモの屋上の風景。立ち並ぶ尖塔が実に美しい)

 夕刻となり、そろそろ試合の時間も近づいて来たので、ガレリア付近の店で軽くパニーニを食べた後、地下鉄でスタジアム最寄りのLotto駅へ。電車の中は両チームのサポーターが大勢乗っており、駅前には数多くの露天も並んで、なかなか良い雰囲気。とはいえ、駅からスタジアムまでの道沿いはごくごく普通の住宅地であって、そういう中を観客がぞろぞろと歩いている光景も面白い。

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(左:駅前の露店 右:道沿いの住宅)

 しばらく歩くとスタジアムがみえてきて、そのスケール感にちょっと驚く。コンクリート造の四角い巨大な構造物。遠くからみてもかなりの存在感があるが、近くに来ると大きさに圧倒される。四角い構造体と円形のらせん状の階段の組み合わせが面白い。スタジアム内に入っても、3層構造の客席は圧倒的で、やはりスケールが大きい。

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(左:スタジアム遠景 右:グッズが並ぶ露店)
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(左:スタジアム外観 右:スタジアム内部)

 試合の感想は別途書くとして、見事な内容でホームのミランが勝利。試合後のスタジアムはお祭り騒ぎで、帰りはトラムで中心市街まで向かったのだが、道を行く車のほとんどが窓からミランの旗を掲げてクラクションを鳴らして走っている状態。ドゥオーモ前の広場でも、サポータが集まって大騒ぎである。これぞカルチョ(=サッカー)の国という雰囲気を楽しみつつ、さすがに疲れたので早めにホテルに戻って寝る。

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(左:盛り上がるミランサポーター達 右:夜のドゥオーモは昼とは違う美しさ)

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2007年5月 1日 (火)

Italy Day1: TYO-FRA-MIL

 待望だったイタリア旅行の1日目、成田空港11:35発の便でまずは乗り継ぎ地のフランクフルトへ。航空券はLufthansaだが、コードシェア便なので機内はANA仕様。客室乗務員は日本人がほとんど、機内の案内は日本語、ビデオシステムも日本語で便利なのだが、海外旅行感には欠ける。まあ、おかげで長い機中も飽きなかったのであるが。
 フランクフルトで1時間程の乗り継ぎで、ミラノへ。ミラノでは国際線のマルペンサ空港ではなく、国内線中心のリナーテ空港へ降り立ったのだが、国内線が中心のためか、どうも外国人に優しい空港ではない印象。どのバスに乗れば市内に行けるのか分からないし、バスのチケットの売り場もどこだが分からない。仕方なく「City Center」と書かれたバス停から乗車し、チケット売り場は乗客に質問してようやく分かった。これでホテルのある中央駅まで行けると思いきや、バスは駅からは離れた中心市街のSan Babila行き。まあ、とにかく市街まで行けば地下鉄で移動して何とかなると思っていたのだが、メーデーだったためか運悪く地下鉄はスト(?)で運休。またまた仕方なく1.5kmほどの距離を歩いてホテルまでようやくたどり着くという。イタリアの「混沌」ぶりにいきなりやられてしまった感じである。
 汗びっしょりでホテルについて疲れ切っていたが、空腹なのでホテル付近を歩いて回るが、すてに多くの店は閉まっており、目につくのはマクドナルドのみ。さすがに初日からマックは避けたいので、駅中の売店まで行ってパニーニを買ってようやく夕食にありつく。
 初日からこんなに混乱していて、今後どうなるのか、若干不安な1日目であった。ちなみにホテルのフロントには、明日のCL準決勝のチケットが270EUROとの表示が。日本で手配したものよりも安いかもしれない。若干複雑な気分である。

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(左:リナーテ空港の様子。案内等がほとんどない。右:ホテルの部屋)

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2007年4月30日 (月)

いよいよ明日から

 たまっていた仕事もなんとか終わらせて(一方は最後のまとめをお願いする形だが)、いよいよ明日から旅行である。これまでのつらく長かった日々のため、体は疲れ切り、風邪っぽい症状も出て来たが、精神状態はすこぶるよい。ここしばらくの沈んだ気分が嘘のようである。やはり人間旅に出ないといけないなと。
 日々の生活の中では、どうしても周りから求められる/与えられた役割を担わなければならない部分がある。仕事はもちろんのこと、プライベートな部分においても、他の人と接する場合には、「こうあってほしい」「こうしてほしい」ということを求められる。もちろんこちらとしても相手に求めている部分はあるわけで、お互い様ではあるのだが、この外からの役割(ロール)が時に重荷になってしまう。ロールが内面化されすぎて、どうも「こうあらねばならない」という強迫的な観点にもなりかねない。それがストレスのもとになってくる。
 それに対して旅という場面、特に一人旅の場合には、そういうロールを押し付けられることは、まずない。「旅人であれ」と求めてくる人はほとんどいないし、そもそも旅人というのは異邦人の立場で物事をみればよいわけで、あるがままの自分で動いていればよいだけである。だからこそ日常を離れてリフレッシュ出来るのであり、楽しく充実した時間を過ごすことが出来る。現実から逃げるわけではなくて、本当の自分自身と向き合うことが出来る時間、ということもできるだろう。
 さて、初めての見知らぬ土地でどんなものを目にすることが出来るのか、そして何を感じるのか。しかもCL準決勝というめったにない体験も出来るし、実に楽しみである。

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2007年4月24日 (火)

サッカーだけでもよいけれど

 GWに予定している旅行だが、予定を組もうと思えば現地で4試合みることが可能なのに気がついた。例えば、こんなスケジュールならば。
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5/1 東京−フランクフルト−ミラノ
5/2 ◎CL準決勝・ミランvsマンU
5/3 ミラノ−ヴェローナ−ブレーメン
   ◎UEFA CUP準決勝・ブレーメンvsエスパニョール
5/4 ブレーメン−ハノーバー
   ◎ブンデスリーガ・ハノーバー96vsコットブス
5/5 ハノーバー−フランクフルト
   ◎ブンデスリーガ・フランクフルトvsアーヘン
   または ハノーバー−フランクフルト−バーゼル
   ◎スイスリーグ・バーゼルvsアーラウ
5/6 フランクフルト−東京へ
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 現地滞在5日間で4試合。サッカーのための旅行とすれば、こんなに効率的なスケジュールもないだろう。すでに一旦日程を決めてホテルも予約済みだが、ホテルを変えて一部のフライトを変更すれば、このスケジュールに変えられないこともない。

 一瞬悩んでしまったが、このスケジュールだと完全にサッカーだけの旅行となってしまう。昼間はほとんど移動に費やされ、夜はサッカー観戦で、街を見る余裕などほとんどなさそうだ。それはそれで面白いかもしれないけれども,さすがにサッカーだけというのもつまらない。
 もちろんサッカーが観たくて行くわけであるが、サッカーの試合そのものがみたいというだけでなく、むしろ当地のサッカーを取り巻く文化というか、もっといえばサッカーのある街の風景をみたいという部分の方が、実は関心が高かったりする。試合しか見ず、街を全然見られないというのでは、やっぱりもったいなさすぎる。
 となれば移動と観戦だけというのは物足りない。上記のスケジュールにすれば、日程のほとんどはドイツにいることになり、イタリアはわずかな時間だけになるわけで。ドイツは昨年6月にW杯で回っているのだから、そちらに時間を費やすよりは、まだ見ぬ国イタリアをきちんと観た方がこの際よいかなあ…と。

 とはいえ、サッカー漬けの旅行が楽しいのは、2回のW杯で十分味わっているわけだし。何も考えず,ただただ次の試合のためだけに動き回るというのも、面白いのだよなあ。

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2007年4月19日 (木)

GWはCLで

 いろいろ考えましたが、結局思い切っていくことにしました>CL 準決勝 2nd LegのミランvsマンU戦。仕事もたくさんあるし、航空券も直前で取れそうになかったので、一時はやめようと思いましたが、次に行けるとは限らないし、行けそうな時に行っておかねばと。
 おかげで出発までに仕上げなければならない仕事が山積みで、毎日深夜まで作業で、土日の休みも全くない状況。仕事は終わったがよいが、体調を崩して現地に行けなくなるなんてことにならなければよいのだが。
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 以下、行くことが決まるまでの、ちょっとした顛末記。

 準々決勝が終わり、組み合わせが決まったのは先週の木曜朝で、5月分の試合はリヴァプールvsチェルシーとミランvsマンUに。行くとなると、やっぱり異国間での試合でしょうということで、ミラノ行きに狙いを絞る。土曜にいくつかの旅行会社にメールで問い合わせて、日曜に1社から安い航空券を確保出来るとの返事。これで決まったかと安心して月曜に申込をするも、すでに満席になったとの返答で、これから手配出来るのは先のものより10万近く高いチケットになるとのこと。さすがにそこまでは出せないなあと、一旦はあきらめる。
 しかし、一度ダメになると逆に行く気が盛り上がるもので、なにがなんでも行こうと各種業者のWEBで探すも、やはり安めのチケットはなし。試しに航空会社も…と、ドイツ行きで使ったANAをみると、キャンセル待ちだが安めのがあったので、フランクフルト経由の便を一応申し込む。ドイツ経由便はルフトハンザとの共同運行だよなあ…と思い、とりあえずそちらも見てみると、なんとANAより安い便が出ている! 焦りつつもルートを決めて(当初ミランの後バーゼルで中田浩を…と思ったが、素直に観光でベネチア行きに)必要事項を入れて送信したが、なぜかハングアップ状態で、しばらく待つと該当するチケットはないとのメッセージ。ここで2度目の挫折。深夜にやっていたので、疲れ切ってそのまま寝る。
 とはいえ、やはり諦めきれず、翌火曜にルフトハンザのWEBをもう一度みると、昨晩は安いチケットがなかった日の分が復活していたので、その後繰り返し何度接続してみる。まるで1年前のドイツW杯のチケット取りの気分。何度かやっているうちに、希望日の空席が復活! すかさず申し込んで航空券を確保し、その後業者に連絡してチケットとホテルを手配して、一件落着…という次第。
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 まあ、やってみればなんとかなるものだし、業者を通じてより個人でやった方がとれるというのも、さすがはネット時代という感じである。自分でとるとルートや宿泊先も好きなように決められるし、その方が私にとっては向いている気がする。旅の組み立てからして楽しめるわけだし。
 とはいえ、さすがにCLのチケットだけは手配を依頼せざるを得ないのであるが。ちなみに定価50Euroのチケットが、手配料+ホテル2泊がついて約7万円。高いと言えば高いのだが、これくらいは仕方ないか。

 海外のサッカーチケットでこれだけ出す気になるのなら、日本のプレミアチケットでもそれくらい出してもよさそうなものではあるが、国内だとそういう気になれないのは不思議なところ。先日チケットがとれなかった、5月のHuman Audio Sponge(と書いてYMOと読んでよいらしい)のライブなどは、本当に行きたいのであるが、1枚3500円がヤフオクで相場2万円となると、なぜか出せないのである。CLよりはずっと安いのに。

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2007年3月15日 (木)

新幹線で北へ南へ

 本日は出張で青森・八戸に。研究関係の調査で、福島・盛岡を経て八戸へ。明日は八戸・北上で調査をして仙台へ行き、1泊して東京(つくば)に戻る予定。
 先週はやはり調査で福山・山口に行ったので、新幹線で本州を南の端まで行った後、今度は北の端へと移動しているという状況である。こう移動していると、日本は細長くて広いのだなと、改めて感じる。北海道や九州だと飛行機で移動するので、あっという間に着いてしまうのだけれど、本州の端っこだと新幹線でもさすがに時間がかかる。でも、この時間がかかる感じが、旅をしている感じで気持ちがよい。
 昔は時刻表系の鉄道ファンだったので、仕事とはいえ、鉄道での移動はなんだかんだいって楽しい。車窓の移りゆく風景を見ているだけで飽きないし、車内で食べるお弁当やお茶、(夕刻以降に飲む)ビールなども実に美味しく感じる。車内で仕事をするつもりでパソコンを持ち歩いているのに、旅していることが楽しくて、仕事にならないのは問題ではあるのだが。
 若い頃はそれこそ新幹線などは贅沢で、鈍行列車で今の新幹線の何倍も時間をかけて旅をしていたわけで、今となってはよくあんな旅行を出来ていたなとも思う。大垣夜行にも乗ったし、ひたすら丸一日列車で移動しているだけで、ただ車窓を眺めていて、飽きることなく楽しい旅を過ごせていたのは、今思えば不思議な気もする。今だったらお金をかけてでも時間を節約するところだが、昔はお金を節約するために時間を思いっきりかけていたわけで。お金がないときには時間があって、お金がないときには時間がないということなのだろうか。
 話を戻して、こういうふうに細長い日本だからこそ、海に面している部分が多いわけで、どこへ行っても海の幸が美味しいのは、旅の大きな楽しみである。福山の小鰯の刺身や、山口で食べたふぐも美味しかったが、今日食べた八戸の海産物は本当に美味しかった。白身系の刺身が多彩かつ実に豊かな味わいだったし、また焼いたホッキ貝がこんなに美味しいものだったとは思わなかった。ホッキ貝はこれまで寿司や刺身で食べることが多く、さっぱりとした味わいだとおもっていたのだが、貝殻に入ったまま焼いたものが、こんなにコクがあり味わい深いものだったとは知らなかった。我が地元、茨城・鹿島のはまぐりも美味しかったのだが、ある意味これを超える美味。コクがあるのに、後味はさっぱり。これは本当によかった。
 明日は仙台泊。ここもいろいろと美味なものがあるので、楽しみである。しかし、こんなことばかりしていると、また太ってしまうのだろうなあ…。

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2007年1月25日 (木)

冬の北海道へ

 調査の出張で北海道へ。夏には何度か行っているが、真冬に足を運ぶのは今回が初めてである。どんなに寒いものか…と心配していたが、暖冬の影響で気温は平年よりも高く、あまり雪もそれほどではなかった。仕事で動く分にはありがたいのだが、ある意味期待外れでもあった。とはいえ、気温は0度以下になることもあって、寒いことは寒い。でも、外側から刺してくるような冷たさなので、外気から体をしっかり守っていれば大丈夫という気もするし、その分室内はとても暖かいので過ごしやすい。「北海道の冬は"寒く"ない」というのを実感したと同時に、帰った後の本州の寒さは体の心からじわじわ来る感じで、逆につらく思えてしまった。
 さて、出張の唯一の楽しみといえば、食べることである。今回は北海道ということで、いろいろと食べた。3泊4日の札幌・帯広の滞在で食べたものを書き並べてみると、かに各種(毛ガニ、タラバガニ、松葉ガニ)、寿司、刺身、ホッケ、ジャガイモ、ジンギスカン、十勝産のチーズにハム・ベーコン、ラーメン、豚丼、といったところ。飲んだもので言えば、北海道限定ビールに、地酒、地ビール、地元産牛乳…と多種多様。大いに楽しめたが、さすがに太ったに違いない。
 食べ物以外にも、多少は観光気分も味わえた。札幌雪祭りの雪像や帯広氷祭りの氷像…のつくっている途中のものはみることが出来たし、なにより雪に覆われた街を歩くだけでも十分に楽しかった。真っ白な風景というのはなかなか見ることがないので。

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2006年12月26日 (火)

台湾より

 調査で台湾に来ています。1999年に発生した集集地震(921地震)からの住宅・都市の復興過程の調査なのですが、現地入りした当日に、台湾南部で大きな地震が起こりました。なんという偶然でしょうか。  台湾最南端の恒春沖で起きた地震で、恒春で震度5、高雄市で震度4とのことです。我々のいる中部の都市・台中でも、結構ゆれを感じました。現地のTVでは、屏東という町で民家3棟が倒壊して、1人が死亡、20数名が負傷という情報を流しています。母子が閉じこめられていて救出中との情報や、倒壊した建物から6名を救出したとの情報もありますし、また商店街で火災が発生している映像も映っています。 (なお上記情報は、現地語の分からない私が、漢字の字幕を元に理解したもので、正確ではありません)  日本と同じく台湾も地震国なのですが、いつどこで地震が起こるか分からないというのを、改めて思い知らされたように思います。現地の情報は錯綜しているようですが、これ以上被害が広がらないことを祈るばかりです。

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2006年9月24日 (日)

鹿島:サッカー以外の楽しみも

 何度も何度も鹿島に行ってそんなに面白いのかと言われそうだが、鹿島はサッカー観戦以外にも結構面白いことがあるのである。食事もいろいろと食べられるし、近くに温泉もある。夏ならば海で遊ぶことも出来る。サッカーも含めて、日帰り旅行をするにはなかなかよいところなのだ。ということで、一例として、今日の観戦ツアー(?)のルートを紹介してみよう。

 自宅のあるつくばを昼前に出発。1時間程走って、潮来の手前、霞ヶ浦の南端あたりで昼食に。湖で獲れるからなのか、このあたりにはうなぎ屋が多く、その中の一軒「船彦本店」でうな丼を。ご飯大盛りが無料、肝吸いもいい味で、漬け物が美味しいのも嬉しい。店の半分では多種多様な佃煮も売っていて、お土産に最適かも。

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 そこから30分程でスタジアムに。3時のキックオフだが、1時間程早めに行ってスタンドでのんびりするのが楽しい。カシマスタジアムは食べ物が充実していることで知られているが、名物なのは「もつ煮込み」である。なぜ鹿島でもつ煮込みなのかはよく分からないのだが、とにかくスタジアム中の店で出している。その多くの店の中でも一押しは「食肉」のもつ煮だ。肉屋さんがつくっているだけあって、もつが新鮮でもつらしく(というのも変だが)臭みもなく、こってりしていて実に味わい深い。今日のイベントで、ビールに合うスタジアムのメニュー人気投票が行われていたが、そこでも堂々の一位。今年はバックスタンドT入口の脇にあるので、これを買いやすいように1Bホーム側に足を運んでいるといっても過言ではない…かもしれない。

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 試合後は鹿嶋市のすぐ北側、お隣の鉾田市(旧大洋村)にある「とっぷさんて大洋」へ。ここは健康増進のための公共施設で、温泉に温水プールにトレーニングルームなど、いろいろなものがあって、入館料を払えばどれも使い放題。かつ、午後5時以降は1200円のところが700円とお得で、デーゲームの後に行くのにぴったりなのである。ここでは、まず温水プールで軽く泳いだ後、温泉でのんびりするのが私のパターンで、泳いで疲れて冷えた体を温泉で暖めてほぐすのが実に気持ちよいのである。温泉は褐色のナトリウム泉で、しょっぱくて若干ぴりりと来るところが温泉らしくてよい。明るい時間帯なら露天風呂から太平洋が望めるし、暗くなって見えなくても波の音を聞きながら風呂につかるのも気持ちよい。

 のんびりした後は夕食へ。はまぐり焼きで知られる「やましょう」に行こうとまた鹿島方面に戻ったのだが、プール&温泉でゆっくりしすぎたため、すでに閉店している模様で、あきらめざるを得なかった。ここのはまぐりは大人の手のひらを覆い隠すくらいの大きなもので、これを網で焼いて開いたところにたれをかけ、焼き上げて食べると実に絶品。その他にサザエやアサリやカキなど、多種多様な貝を焼いて食べることが出来て、その他にも刺身や焼き魚のメニューがいろいろとあり、海産物を楽しむならぴったりの店である。

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 で、「やましょう」がだめだったので、帰り際に潮来のラーメン店「純輝」に。ここのは、とんこつみそラーメンという感じで、背油の入ったこってりスープに味噌の風味が合っていて、いためたもやしもたっぷりと入り、麺は札幌系の腰のある黄色い麺で、かなり食べごたえがある。さらに大盛りは無料サービスなので、しっかりとしたラーメンをがっちりと食べたい時によい。

 この他にも、銚子まで足を伸ばして魚料理を楽しんだり、大洗まで上がって温泉&海産物を楽しむという手もあり、サッカー以外にもいろいろと楽しめる、鹿島行きなのである。

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2006年8月31日 (木)

トルコの都市紹介:ISTANBUL

 トルコ都市紹介、最後は大都市イスタンブールです。が、帰国日に数時間回っただけなので、観光らしい観光は出来ていません。まあ、これまでの5回の渡航で一応一通りは観ているわけですが。
 今回回って思ったのは、街が去年よりもきれいになっているということ。工事中のことが多かった新市街のタクシム広場は整備が終わってきれいになっていましたし、同じく新市街のメインストリート・イスティクラル通りも路面の張り替えが各所で行われていました。F1も開催され、EU加盟を目指すということで、都市の美化を進めているのでしょうか。

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(左:タクシム広場。F1の看板が見える 右:イスティクラル通り)

 その影響からか、以前はサバサンド(焼いたサバをパンに挟んだもの)売りの船でにぎわっていたガラタ橋たもとの船着き場も、人がほとんどいなくなり、寂しい雰囲気となっていました(雨天のせいもあるかもしれませんが)。そのサバサンドは、ガラタ橋下のカフェでビールと一緒に頼むものになっているという。なんか、トルコらしさがなくなってしまったようで、若干寂しい思いもします。

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(左:ガラタ橋のたもと。人が少ない 右:サバサンドとビール)

 とはいえ、昔ながらの市場は人であふれていて、エジプシャンバザールやグランドバザールはさすがに観光客も多くにぎわっていました。しかし、グランドバザールの天井には液晶TVが取り付けられているという…去年はなかったような気がするのですが。これも現代化(?)の一端でしょうか。

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(左:エジプシャンバザール内の店 右:TVのついたグランドバザール)

 もちろん、ジャミィ(寺院)は変わっておりません。今回は初めて足を運ぶスュレイマニエ・ジャミィに行きましたが、外観の荘厳さ、内部の美しさは、とてもよいものです。もっとゆっくりと中にいて、建物や自分自身と向き合いたかったところですが、残念ながらそんな時間の余裕はありませんでした。

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(左:ジャミィの外観 右:同内部。光と闇が織りなす空間が美しい)

 以下はおまけ。イスタンブールには楽器街と呼べる一帯があり、民族楽器から電子楽器、さらにはDJ機材までとバラエティに富んだ店がみられます。そこを歩いていたら、なんとあの神保彰氏のドラムセミナーの看板が。トルコでもやっていたのですね。さすがです。まあ、シンバルのジルジャンのお膝元ですからやって当然か。

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(左:楽器街の様子 右:神保氏セミナーの看板!)

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2006年8月28日 (月)

トルコの都市紹介:DEGIRMENDERE

 今回の2番目の調査地、デルメンデレです。イスタンブールから南東方向に広がるマルマラ湾の奥まったあたりにある小さな街です。海に面した風光明媚な街で、夏のバカンスを過ごすセカンドハウスや、軍を退役したリタイヤ組がゆったりと過ごすところだそうです。文化に関する関心も高く、中心の広場には美術館があったり、海岸沿いに彫刻が並ぶなどしています。

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 海岸沿いにはテラスを持った集合住宅が建ち並び、住人がそこでのんびりとしている様子がみられます。また、オープンエアのカフェが並ぶ一角もあって、海を眺めながら飲むチャイはなかなかよいものです。

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 ここだけみると、地震の被害など感じられませんが、実はこの海岸線の向こう側にも集合住宅が並んでいたのだそうです。海岸線の向こうにあった建物は、地震で断層がズレ落ちたことで、海の中に沈んでしまったのです。一見美しくみえる海の下には、沈んでしまい多くの方が亡くなった建物が眠っているという…そう考えると不思議な光景です。実際、海沿いには建物が倒壊してしまい、いまだに空き地になっているところもたくさんみられます。また、断層の直上だけが一直線に建物がなくなっている一帯もあります。
 そういう街でも、昨年あたりから建物が建ち始めました。アダパザルと同じく、被害を受けた人の多くは街から離れたニュータウンに引っ越してしまい、元に戻ろうとしないので、その人達の持つ土地の権利をデベロッパーが買い集めて、以前より低い3階建ての住宅をつくって売っています。ここ数年トルコの景気は良いので、若干不動産バブル気味なのだそうで、そういう背景もあって建物が建っているのだとか。

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 とはいえ、大きな被害を受けたけれども、十分な補修をせずに人が住み続けている建物もあるようで、問題も残っています。倒壊した建物の空き地も含めて、この街が以前のような本当の意味でおだやかな街に戻るには、まだまだ時間がかかるのかもしれません。

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2006年8月27日 (日)

トルコの都市紹介:ADAPAZARI

 今回トルコで私が訪れた都市をいくつか紹介します。まずは最初の宿泊地&調査地のアダパザルから。
 アダパザルは、トルコ最大の都市イスタンブールと、首都アンカラのちょうど間くらいにある都市で、その立地から商業の街として発展してきました。トルコの各地から人が集まるので、飲食店もバラエティに富んでいて、かつ美味しいのだそうです(通訳さんの話より)。商店も結構あって(さすがに大都市には負けますが)、夕刻にもなるとメインストリートとなっている商店街にはたくさんの人が集まってきます。トルコのどの都市もそうですが、夕刻から夜中まで、街中には人があふれていて、なんか楽しそうです。

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(左:昼間の街中の様子 右:夕闇のメインストリート。まだ人は少ない)

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(左:夜中のストリート。明かりがまぶしい 右:オープンテラスのカフェ)

 この都市は盆地の中心部にあるため地盤が弱く、地震で液状化などが起きて、多くの建物が倒壊しました。地震から7年経つわけですが、いまだに放置された建物や空き地が目立ちます。被害を受けた住民の多くは、郊外につくられたニュータウンに引っ越してしまっており、また市街地の建物の階数は2階までに制限されているので、市街地での再建が進まなかったのです。そういう土地をデベロッパーが買い取るなどして、お店が少しづつ建設されているというのが、今年の状況でした。

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(左:放置されたままのマンション 右:新しく建設されている建物)

 ただ、ニュータウンには多くの人が住んでいるものの、都心まで働きに通っている人が多く、また街としての魅力は乏しいので、結局みんな都心まで買い物に出ているそうで、街は若干閑散とした雰囲気です。この街がこのまま人も建物も古くなっていくとどうなるのか…今の日本のニュータウンと同じような問題が起きてしまうのかもしれません。そういう意味では、こういう再建の仕方で良いのかどうか、難しいところです。その辺は、いずれ研究のブログの方ででも。

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(左:ニュータウンの風景 右:ニュータウン内の商店街。2階以上は空室)

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トルコより

 仕事でトルコに来ています。1999年に起きた大地震の後、都市がどのように復興しているかの調査です。トルコに来るのは今年で5回目なので、さすがに新鮮さは薄れてきましたが、やはり異なる文化の中に身を置くというのは楽しいものです。
 数年前までは電話回線を使った通信も心許なかったのに、いまやホテル全室にLANが完備です。おかげでこうして現地からブログも更新できるわけですが、逆に日本と生活環境が変わらないようなところもあって、便利さも善し悪しでしょうか。
 現地の普通の街を歩き回って建物をみたり人に話を聞いたりする調査のため、観光をする時間はなく、また特に珍しいものや景色をみることはないのですが、その分人々の日々の生活に近いところで時間を過ごせているようで、それはそれで面白いです。まあ、有名観光地に行ってみたいというのはありますが。
 食事は一部の特別なものを除けば基本的に美味しく口に合うので、ついつい食べ過ぎてしまう毎日です。イスラム圏ですがお酒も飲める国なので、適量を楽しんでいます。幸い体調を崩してもいないので、おそらく変える頃にはきっと太っていることでしょう。
 あとこちらに来て楽しいのは、毎日何らかの形でサッカー中継がみられることでしょうか。トルコリーグはもちろんのこと、欧州リーグ関係の試合も生中継されているので、サッカーに事欠くことはありません。特に今週は盛りだくさんで、3日前にはバルセロナとバイエルン・ミュンヘンのプレシーズンマッチに自国フェネルバフチェのCL予選(残念ながら敗退:ちなみにガラタサライは勝ち抜け)、2日前には同じく自国トラブゾンスポルのUEFAカップ予選、昨日はUEFAスーパーカップ(セビージャが見事な試合でバルサを圧倒)、そして今日土曜はトルコリーグにブンデスリーガにセリエAのスーパーカップ…と満載です。
 さらにはバスケットボールの世界選手権@日本(トルコが決勝Tを勝ち残っている)や地元のF1トルコGPが昼間から生中継されているので、ほとんど一日中スポーツにつかることが出来るという。もちろん調査をしている我々はその合間にしかみられませんが、調査をせずに一日みていられたら、それはそれは楽しいことでしょう。
 そして明日夜は滞在地アダパザルの地元チーム・サカリヤスポルがホームでフェネルバフチェと試合をするのですが、仕事の関係でスタジアムでの観戦は出来ません。そうある機会ではないので、非常に残念。その代わりに、スタジアムには足を運んで見学はしましたけれども。14000人収容というシンプルなスタジアムで、ドイツをはじめ欧州のスタジアムのような圧倒的な存在感はありませんが、より身近というか、生活に密着した感じがあって、なかなかよかったです。
 観光として訪れると、何ら面白いものがないとして通り過ぎてしまうような街ですが、こうして数日間滞在して歩いてみると、街はなかなか楽しく、人々の日々の生活はとても豊かであるように見えます。この辺の「豊かさ」は、最近の日本ではあまり感じられないような気がしてなりません。

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2006年6月24日 (土)

WM06_Day2: Munich

 熱のせいかよく眠れず、夜中に何度も目が覚める。朝になって起きてみると、大汗をかいているが、体のだるさは抜けていない。つらいなあ…と思いつつも、朝食に向かう。ビュッフェ形式で、結構品揃えが豊富なので、食欲はあまりないのだが、みていてなかなか楽しい。特にパンとハムの種類の豊富さに驚く。さすがはドイツである。とはいえ、その辺のものはあまり食べられず、パンとドリンク、それにバナナで軽くすませて、あとは9時過ぎまで部屋で休息を取る。レストランをみるところ、お客は若い外国人(ドイツ人以外、ということ)が多く、個人旅行で会った人が仲良くしているようにも、団体で来ているようにも、どちらともとれる。あとは老夫婦と日本人カップルが一組ずつ。
 体調が悪いとはいえホテルにいるのももったいないので、駅を通って市内中心のマリエン広場に向かう。駅構内は多くの旅行客で賑わっていて、案内所には多くの人が集まっている。WMらしい雰囲気で、観ているこちらも楽しくなってくる。体調が悪いというのに、こういう光景を見るだけで元気が出てくるとは、現金なものであるが。駅で明日から使うジャーマンレイルパスの使用開始手続をした上で、広場へと向かう。
 街中には旅行客、というか観戦客が歩いていて、なんとなく楽しい雰囲気である。目立つのは、今日の試合を戦う開催国・ドイツのサポーターで、国旗を手ににこやかに街中を歩いている。自国のチームを自国で応援出来る。2002年には我々も味わった喜びであるが、ドイツの方が無理なく自然に応援しているようで、この辺がサッカーの年期の差なのだろうなと思う。
 マリエン広場はさすがにまだ人は多くはないが、気の早いサポーターや観光客が集まって、賑やかだ。そこから近い市場に足を運ぶと、店はまだ開いていないものの(もう閉まったのかも)、中心部のビアガーデンには多くの人が集まって、午前中からビールを楽しんでいる。体調さえよければこちらも楽しく飲んだところだが、さすがに自粛せざるを得ない。非常に残念である。有名なビアホール「ホフブロイハウス」の前も通るが、中はかなりの人がいて盛り上がっている様子である。飲めない自分があまりに悲しいので、中をのぞくことなく通り過ぎてしまった。

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(左:駅構内。観戦客が多数 右:マリエン広場。まだ人は少ない)
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(左:市場のビアガーデン。気持ち良さそう 右:ホフブロイハウス。ここのビールは好きなのだが…)

 その後は市内を観光して回ろうかと思ったのだが、若干体調が悪いので、ここは切り替えてPinakothek der Moderne(コンテンポラリーアート美術館)へ。WMに合わせて「スポーツと建築」という展覧会をやっていたのである。古代の競技場から近代的な建築までを紹介したもので、これはなかなか興味深いものだった。現代になるにつれて、建築の空間構成がより自由に・複雑になっていくのが感じられるとともに、形は変わってもスポーツ建築、特にスタジアムは権力の象徴であるのだなというのも確認出来た。この展覧会の他の常設展示では、現代芸術の絵画や彫刻などももちろん面白かったのだが、それ以上にいわゆる工業デザインの展示が充実しているのが素晴らしい。車や家具から、文房具やパソコンまで様々なものが並んでいて(パソコンではMacやVaioなどもあった)、身近なところから「デザイン」というものを伝えているようで、面白かった。デザインが人々の生活を包んでいる、ドイツならではというところだろうか。

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(左:美術館外観 右:同内部。広々として気持ちがよい)

 再びマリエン広場に戻ると、結構な人数が集まっていて、歌って騒ぎはじめている状況。市場前にはイベント用の2階建てバスも停まっていて、大音量で音楽を流しながら、2階で人々が踊っている。そろそろスタジアムに向かおうかと広場下の地下鉄駅に降りると、構内は人、人、人、である。ドイツサポーターもスウェーデンサポーターも、ビール瓶を手に陽気に騒いでいる。なんとかホームに降りても、立つスペースがないくらいに人があふれていて、電車が何台来ても全く乗り込める様子ではない。日本のラッシュ時以上の混んだ列車に、さらに無理矢理乗り込もうとするものだから、途中で電車は動かなくなるし、ひどいものである。それでも、臨時の始発列車になんとか乗り込んで、スタジアムの駅へ向かう。

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(左:人が混み始めたマリエン広場 右:盛り上がる2階建てバス)
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(左:地下駅の構内。なかなかホームに降りれない 右:ホームもこんな様子)

 スタジアム周辺の様子と、試合の様子は別途書くとして、結果はドイツの見事な快勝。おかげでミュンヘンの街中はお祭り騒ぎ。マリエン広場は勝ったドイツサポも、負けたスウェーデンサポの入り乱れての盛り上がりである。誰もが飲んで歌って踊りまくっている。駅まで続く道もずっとそんな様子で、途中にある噴水に飛び込む人が大勢いるは、ドイツ国旗を誇らしげに立てて車が駆け抜けていくは、車道の真ん中を国旗を掲げて歩き回る若者はいるはと、大変な状況が続いている。駅前通りはデパートのショーウインドウやカフェ内のTVで試合を観戦するサポーターであふれ、中央駅構内は多くの旅行者が急いで食事をとり次の目的地へと向かって出発していく。お祭りと旅とが入り交じった雰囲気が実に心地よく、しばらくひたっていたかったのだが、体調を考えて早急にホテルへ戻る。とはいえ、すぐに寝ることはなく、路上でみていたアルゼンチン−メキシコ戦の続きを、延長の最後までみていたのであるが。

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(左:試合後のマリエン広場 右:踊り騒ぐ人々)
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(左:地元の伝統芸能も披露される 右:涼しげな噴水。ここに飛び込む人も)

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2006年6月23日 (金)

WM06_Day1: Tokyo-Munich

 いよいよ待ちに待ったドイツ・ワールドカップ(ドイツ語でWeltmeisterschaft(WM))の旅の始まりである。早朝にグループリーグの最終戦、日本−ブラジルを見終えた後、そのまま車で成田へ。この試合に対する怒りと虚しさなど、いろいろな思いが頭をよぎるなか、車を走らせる。もちろん楽しみではあるのだが、日本戦のやりきれない感情も抱えたままで、複雑な心情。
 飛行機は全日空のフランクフルト便。搭乗ゲート付近にTVカメラがいるので何かなと思いきや、ちょうど私が通ろうとした時に、隣を橋本聖子・日本スケート協会新会長が通り抜けていった。なるほどその映像を押さえるためだったのかと、納得。もちろん向こうはファーストクラスであるが、同じ便というのもなかなかい面白い。
 機内では時差を考えて出来るだけ眠らないように心がけて、ずっと映画を観て・音楽を聴いて過ごしていた。この辺の機材が整っている点で、全日空便はありがたい。あまりにも日本人が多くて、海外旅行に出ている気がしないのが難点だけれども。観た映画は「Real the Movie」と「ナイロビの蜂」。前者は試合のシーンは見応えがあるものの、途中に挟まれる世界各国のミニドラマは若干陳腐。特に日本のもの(ベッカムに憧れる女子高生の話)はなさけなくてある意味泣けてくる。日本のサッカーファンは海外からこんなふうにみられているのだろうかと。
 音楽の方は、坂本龍一「Bricolages」をひたすら繰り返す。教授のアルバム「Chasm」のリミックス版で、店頭で試聴した時はぴんと来なかったのだが、成層圏を高速で飛ぶ機内というシチュエーション(もちろん実際に知覚出来るわけではないけれど)で聴くエレクトロニカは、実にクールで気持ちがよかった。聴いていて、全体として精神はリラックスするのだが、意識の奥底は覚醒してくるというか。休めはするが、眠らずにすむ。今回の状況にまさにぴったりの音楽であった。
 機内では、偶然も偶然、大学時代の後輩に出会う。卒業以来だから、それこそ10年ぶりくらいだろうか。彼もやはりWMを観に行くとのことで、フランクフルトの友人のところに泊まって、私と同じカイザースラウテルンの試合を観るという。会場で会えればよいねと言葉を交わして、機内で別れたが、結果的には会えずじまい。少々残念。
 フランクフルトからは、ルフトハンザの国内線に乗り継いでミュンヘンへ。降りると、日本語ぺらぺらの係員が待っていて、案内に従って国内線のターミナルへ移動。地下道を通るなど分かりにくかったのでありがたいことはありがたいのだが、苦労がなくてなんか海外旅行っぽくなくて残念にも思ってしまう。国内線ターミナルには、さすがにWM観戦客が多くて、ミュンヘン便のゲート前には明日のドイツの対戦相手、スウェーデンのサポーターが大挙してたむろしている。飲んで騒いで歌ってと、空港内から盛り上がっている。北欧系の人はおとなしい印象が合ったのだが、やけに陽気である。やはりサッカーとなると、人が変わるのだろうか。待合所では試合が生中継されているし、WMらしい雰囲気がとても楽しい。
 ミュンヘン空港からは、鉄道にてミュンヘン市街へと移動。空港の駅前にもオープンエアのビアガーデン&パブリックビューイング(PV)施設が開設されているのがすごい。さすがはサッカーの国である。入り口からきっちりサッカーでサポーターを出迎えてくれるところが素晴らしい。ミュンヘン中央駅までは40分程で、ようやく20時過ぎにホテルへ到着。ホテルは120EURもするのだが、室内は狭く、設備も最低限。これで120EURかよ!と言いたくもなるが、WM期間である以上は仕方がないか。
 当初は街中に出るか、PV会場であるオリンピックスタジアムまで行って、今日の試合を見ようかと思っていたのだが、出発前にひいた風邪が悪化しつつあるので、毛布をたっぷりかけて、ベットの中からTVで試合を観戦。フランス−トーゴ戦、スイス−韓国戦をみたのだが、熱もあったのかぼーっとしていてほとんど覚えておらず。そのまま眠りにつく。

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(左:ミュンヘン空港駅前のPV施設、右:泊まったホテル。ベットも狭い)

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2006年3月 4日 (土)

旅先で味わう楽しさ(九州編)

 先週の北陸に引き続いて、今度は九州北部(福岡・佐賀)に出張。やはりスケジュールは厳しいので(ヒアリング調査自体は楽しいのだけれど)、旅の楽しみは食べることになる。今回食べたものを順に挙げれば、刺身に地鶏(こんなに美味しいとは知らなかった)、ウニにイカ、温泉湯豆腐(温泉の湯でつくるので豆腐が微妙に溶けている)にカキ、などなど。
 どれも美味しかったのだが、特に良かったのは焼きガキ。かご1杯20個近くのカキを炭火で焼いて食べて、それでも1500円ほど。普段東京で食べている、3〜4個しか載っていない皿はなんなんだろうと思えてしまう。さすがに最初は一人では食べきれないと思ったのだが、美味しくてするするとお腹に入ってしまい、結局完食。
 惜しむらくは、博多ラーメンと佐賀牛が食べられなかったことか。

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2006年2月24日 (金)

旅先で味わう楽しさ

 出張で金沢・富山に足を運ぶ。街中にいろいろと観るべきものもあるし(特に金沢は実に豊富)、時間があれば旅気分で少し見て回りたかったのだけれど、スケジュールが詰まっていたし、仕事で行っているわけなので、非常に残念ではあるが、仕方なく断念。話題の金沢21世紀美術館とかは見たかったのだけれど。まあ、私のような立場の場合、建築や都市内の施設をみることも、仕事の一環だと言えるのかもしれないが。
 となると、自由になる時間は、昼休みと夕方以降しかない。昼休みは短すぎるし、夜に開いている観光施設もまだまだ少ないから、おのずと「食べる」「飲む」ことになる。地元でとれる旬のもの・めずらしいものを食べて、地酒を心ゆくまで味わう。これも旅の大きな楽しみの一つ。
 かくして、今回の出張中は、とにかく日本海の海の幸と地元の日本酒を味わうこととなった。寿司に刺身に煮物に焼物…とひたすら魚ばかりを食べ、ビールは一杯も飲まずに日本酒だけを飲むことに。中でも、白身魚の寿司とブリ大根、昆布〆めの刺身(富山の名物とのこと)は、実に美味しかった。魚は寒い時期の方が美味しいというが、確かにそうかもしれない。観光は果たせなかったが、食事の方は十分に満喫することが出来た。
 とはいえ、わずか2日程度の旅行だと、食事の機会もそうあるものではない。1日に昼食と夕食2回×2日で計4回のチャンスのみ。夜は夕食と飲みを分けるとしても、あと1回2回増やせる程度。この範囲内で、どこで何を食べるかを決めるのは、なかなか難しい。食べたいものは山のようにあるし、店だって多種多様である。多数の選択肢の中から、わずかな「正解」を選ぶという、とても難しい問題を解かなければならないわけで、本気で挑めば、それこそ出張の予定を組む以上の労力が必要かもしれない。
 そういう労力をかけることも旅の楽しさの一部であって、ある意味では旅に行く以上に楽しい行為なのだけれども、忙しい中ではなかなかそれだけの準備をする時間もないのが、残念なところである。

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2005年4月30日 (土)

モンゴルの感想

 出だしから大変な目にあったモンゴル出張、3泊4日なのに現地滞在が50時間程(28日早朝到着で30日朝には出発)という厳しい日程でしたが、なんとか無事終了しました。結局ウランバートル市内にいただけで、モンゴルらしい草原などは全く見られなかったのですが、まあ仕事なので仕方がないでしょう。現地の方にずっと案内していただいていたので、自分で行き先は決められず、街を歩くこともほとんどなく、現地通貨も現地の言葉も使わずに終わってしまったのは、少々残念でした。
 そういう意味で、旅行の感想という感じでは何も書けないのですが、この数年の市場経済化と土地私有化の流れの中で、大きく変わりつつあるという感じは受けました。街中には社会主義時代につくられた古い集合住宅が並ぶ一方、新築の高級マンションも結構建設されてきており、そしてその周りには地方から大都市へと出てきた人達が住むゲル地域が広がるという、住まいだけを見ても多様というか、社会の縮図のようなものが感じられます。また、街中には車が多数集まり大渋滞を引き起こしているのに、ちょっと都市の外に出ると何もない荒野が広がっているというところも、アンバランスで不思議な感じです。こういう急激に変わる都市をどのようにしていくかを考える(お手伝いをする)ための視察だったわけですが、いろいろと難しそうです。
 とにかく、今回は出張でウランバートル市内のみで自由に動けなかったので、今度機会があればぜひ草原をみてみたいものです。現地の方の話では、夏場の緑の草原はとにかく美しいとのことなので。

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(左:丘から市街を望む、右:市街中心の広場)
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(左:市内の商店街(?)の様子、右:周辺に広がるゲル地域)

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2005年4月27日 (水)

モンゴル出発

 今日からモンゴルに出張。首都ウランバートルの住宅・都市問題の視察である。わずか4日間、うち2日は移動のみという短い日程だが、行ったことが無い国なので、どんなところか楽しみである。
 …がしかし、いきなり出鼻をくじかれる。13:30出発予定の便が、到着地の悪天候のため出発時間が遅れ、なんと20:00出発予定になってしまう。まさか成田で6時間以上も待つことになるとは思わなかったし、これでは現地に着くのは翌日になった深夜、それからホテルに向かえるのか?寝る時間が減って明日からのきつい日程は大丈夫か?と不安になってしまう。そもそも20時出発というのも「予定」なので、本当に飛ぶのかすらわからない。いったいどうなることやら、という前に、あと残り数時間をどう過ごそうかが悩みどころである。
 …という文章を、成田空港のネットカフェから書いているところ。これで少しは時間がつぶれたが、あとまだ3時間もある。どうしよう?

 …で、結果としては、20:45に搭乗できたものの、荷物の積み込みに時間がかかって離陸したのは21時半頃、5時間超かかってウランバートルの空港についたのは翌日2時半頃、荷物を受け取り空港を出たのは3時、ホテル着が3時半、でようやく寝れたのが4時近くという。翌朝は当初通りの予定のため、7時半には起きなければならないという厳しい日程となった。まあ、その後もなんとか乗り切れたのだが、出だしがこうだっただけにさすがに疲れきった。
(ちなみにホテルについてなにげなくTVをつけると、CL準決勝チェルシーvsリバプールが生放送で始まるところだったという。一瞬見ようという気持ちが心をよぎるが、さすがにやめておいた。見ていたら大変なことになっていただろう)

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(左:出発予定時刻(笑)の飛行機、右:泊まったホテル)

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